賃貸借契約は相続の対象になる?
被相続人がアパートなどを所有して第三者に賃貸していた場合には、賃貸人の死亡によって当該賃貸借契約はどうなってしまうのでしょうか。
また、同様に、被相続人がアパートを借りて居住している場合には、賃借人の死亡によって当該賃貸借契約はどうなってしまうのでしょうか。
このように賃貸借契約と相続の問題については、賃貸人側の相続と賃借人側の相続という両面から問題になることがあります。
賃貸人としては、引き続き賃料を請求することができるのかどうか、賃借人としては引き続き賃貸物件に居住することができるかなど、重要な問題が含まれています。
今回は、賃貸人側の相続と賃借人側の相続の両面から、賃貸借契約と相続との関係について解説します。
1.賃貸人が死亡した場合の賃貸借関係
賃貸人が死亡した場合には、賃貸人たる地位はどのようになるのでしょうか。
以下では、賃貸人が死亡した場合の賃貸借関係の基本的ルールについて説明します。
(1) 賃貸人の地位は相続の対象に含まれる
相続が開始した場合には、被相続人の一身専属権を除いてすべての権利義務が相続の対象となります(民法896条)。
賃貸借契約を締結した場合には、賃貸人には、賃借人に対して賃料を請求することができる権利や賃借人に目的物を使用収益させなければならないという義務が発生します。
このような権利義務のことを「賃貸人たる地位」と呼び、これは相続の対象に含まれることになります。
(2) 敷金返還債務も相続される
賃貸借契約を締結する場合には、賃借人から賃貸人に対して敷金が交付されることがあります。
敷金は、賃貸借契約から生じる債務を担保するために、賃貸人が賃借人から預かっている金銭になりますので、賃貸人がそのまま受領することができるものではなく、建物を明け渡した時点までに生じた債務(未払い賃料、原状回復費用など)を控除して残額が生じる場合には、賃借人に対して返還しなければなりません。
このような敷金返還債務についても相続の対象になりますので、賃貸人である被相続人から相続人に対して相続されることになります。
2.賃貸人たる地位の相続に必要な手続き
賃貸人である被相続人が亡くなり、相続人が賃貸人たる地位を相続した場合には、どのような手続きが必要になるのでしょうか。
(1) 賃貸人死亡の連絡
賃貸人が死亡した場合には、相続人が当然に賃貸人たる地位を承継し、それについて賃借人の同意は不要とされています。
しかし、賃借人としては、賃貸人が亡くなったということを知らないのが通常です。
賃貸人が亡くなった場合には、従前の賃料の振込先などが変更になりますので(振込先が賃貸人名義の口座の場合)、まずは賃借人に対して賃貸人が死亡したことおよび新たな賃料の振込先口座について連絡をしておくとよいでしょう。
(2) 新たに賃貸借契約書を交わすと安全
賃貸人たる地位は相続によって相続人に引き継がれることになりますので、賃貸人と賃借人との間の従前の賃貸借契約についてもそのまま引き継がれます。したがって、相続をきっかけに新たに賃貸借契約書を交わす必要はありません。
しかし、相続をきっかけとして、賃貸借契約書に記載されている賃貸人の氏名や振込先口座の情報などが変更になりますので、現在の契約関係を明確にしておくという意味でも新たに賃貸借契約書または賃貸人の変更覚書などを作成しておくとよいでしょう。
(3) できる限り早く相続登記を済ませる
賃貸人たる地位を相続した相続人は、賃借人に対して新賃貸人として賃料を請求することができます。
しかし、賃借人側からすると、誰が賃貸人になったかわからず、誰に対して賃料を支払えばよいか不安であるため支払えないと主張されることがあります。
賃貸人たる地位の移転があった場合には、当該物件の所有権移転登記をしなければ賃借人に対して対抗することができませんので(民法605条の2第3項)、遺産分割協議が成立した場合には、早めに相続登記を済ませておくようにしましょう。
3.賃借人が死亡した場合の賃貸借関係
賃借人が死亡した場合には、賃借権はどのようになるのでしょうか。
以下では、賃借人が死亡した場合の賃貸借関係の基本的ルールについて説明します。
(1) 賃借権は相続の対象に含まれる
賃貸借契約を締結することによって、賃借人には、当該物件を使用収益する権利や賃料の支払い義務などが生じることになります。
このような賃借権についても賃貸人の地位と同様に相続の対象に含まれますので、賃借人の死亡によって、賃借権は相続人に相続されることになります。
なお、居住用建物の賃貸借契約では、賃借人が相続人なしに死亡した場合において相続人でない同居者を保護するため、居住用建物賃借権の承継という特別の制度が設けられています(借地借家法36条1項)。
(2) 敷金返還債権も相続される
被相続人が賃貸人に対して預けていた敷金については、賃貸借契約が終了し、建物を明け渡す時点で賃貸人に対して返還を求めることができます。
このような敷金返還債権についても相続の対象になりますので、賃借人の死亡によって、相続人に相続されることになります。
ただし、敷金返還債権は金銭債権ですので、相続人がそれぞれの法定相続分に応じて取得することになります。相続人の一人が敷金全額を請求することができるわけではありませんので注意が必要です。
4.賃借権の相続に必要な手続き
賃借人である被相続人が亡くなり、相続人が賃借権を相続した場合には、どのような手続きが必要になるのでしょうか。
(1) 賃貸人への連絡
賃貸人たる地位の相続の場合と同様に、賃借権の相続も被相続人の死亡によって相続人が当然に賃借権を承継し、それについての賃貸人の同意は不要とされています。
しかし、賃借人が死亡することによって、居住者や賃料の支払いをする人が変更になりますので、賃貸人側に混乱が生じないようにするために賃貸人にその旨連絡をするようにしましょう。
(2) 新たに賃貸借契約書を作成すべき
賃借人の死亡によって、従前の契約内容がそのまま賃借人の相続人に引き継がれることになります。そのため、新たに賃貸借契約書を作成しなければならないというわけではありません。
しかし、共同相続人が複数いる場合、遺産分割が終わるまでは、賃借権は、相続人全員が共同で相続することになります。その結果、各相続人は、それぞれが賃料全額の支払い義務を負っており、相続人同士の協議によって、居住者や賃料の負担者を決めたとしても賃貸人に対しては主張することができません。
当該物件に居住していない相続人が賃料の支払い義務を免れるためには、当該物件に居住する相続人が賃借権を単独相続する形で遺産分割を行い、賃借権を単独相続した相続人と賃貸人との間で、新たに賃貸借契約書を締結し直す必要があります。
(3) 誰も居住しないのであれば解約する
被相続人が単独で居住していた物件の場合には、被相続人が死亡することによって当該物件を利用する必要性はなくなります。
誰も居住しない状態であったとしても賃借権は賃借人の相続人に承継されますので、賃貸借契約が存続している間は、相続人は賃料を負担しなければなりません。
このような負担を継続する意味はありませんので、誰も居住しないことが決まっていれば、すぐに賃貸借契約の解約の手続きを行いましょう。
民法では、期間の定めのない賃貸借契約については、解約申し入れ日から3か月を経過することによって終了するとされています(民法617条1項2号)。また、期間の定めのある賃貸借契約であっても、契約上「中途解約可能」など解約権が留保されている場合には、期間の定めのある賃貸借契約と同様に解約が可能です。
解約の可否や契約終了日については、契約内容によって異なってきますので、被相続人の賃貸借契約書の内容を確認してみるとよいでしょう。
5.まとめ
賃貸借契約の途中で、賃貸人または賃借人が死亡するというケースは決して少なくありません。
賃貸借契約については、被相続人が賃貸人であるか賃借人であるかによって、それぞれ異なる問題が生じます。ご自身がどちらの立場の相続人であるかを確認の上、本記事を参考に適切に処理していくようにしてください。
もし、自分自身で判断することが難しいようであれば、専門家である弁護士にご相談ください。