滞納家賃は自己破産した場合免責される?退去は必要?
自己破産は、債務に苦しむ方にとって生活の再建に繋がる強力な救済手段です。
しかし、住んでいる賃貸物件について家賃の未払いがある場合には、自己破産によって賃料債権も影響を受けることになります。
場合によっては賃貸物件からの退去を強いられることにもなりますので、自己破産を行うに当たっては、生活に与える影響についてもよく検討することが大切です。
この記事では、自己破産をした場合において、未払い賃料や賃貸借契約がどのように取り扱われるかについて詳しく解説します。
1.家賃債務は自己破産で免責される?
債務者の破産手続開始決定がなされた場合、裁判所が免責許可を決定すれば、滞納している税金や養育費の支払いなどの一部の債務を除き、最終的には債務者が負担していたすべての債務が免責されることになります。
(免責とは、借金の支払い義務が0になることを言います。)
住んでいる賃貸物件に関する家賃(賃料)債務や、その他の賃貸借契約に基づく債務についても、免責の例外ではありません。
すなわち、賃貸借契約に関する借金も、自己破産により免責されるのです。
(1) 家賃(賃料)
破産手続において家賃(賃料)の債務がどのように取り扱われるかは、債務の発生時点が破産手続開始決定の前か後かによって異なります。
- 破産手続開始決定前の期間に対応する賃料は免責される
- 破産手続開始決定後の期間に対応する賃料は免責されない
債務者は、破産手続開始決定後の期間に対応する家賃(賃料)については、破産手続きの進行中および完了後を問わず、期限どおりに支払い続ける必要があります。
(2) 原状回復費用
賃貸借契約が終了し、賃借人が賃貸物件から退去する際には、賃貸人に対して原状回復費用を支払う義務を負うことがあります。
この場合、原状回復費用が破産免責の対象となるかどうかについては、家賃(賃料)のケースと同様に、原状回復費用が破産手続開始決定の前後どちらで発生したかによって決定されます。
賃借人負担となる原状回復費用の範囲
そもそもの前提として、賃借人は、賃貸物件を賃貸借開始時点の状態に戻すための費用をすべて支払う義務を負うわけではありません。
国土交通省が定めるガイドラインでは、原状回復費用に関する賃貸人と賃借人の分担について、以下の考え方が示されています。
【参考】原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版、平成23年8月)|国土交通省住宅局
したがって、賃借人が賃貸人から原状回復費用を請求された場合でも、その金額・内容が合理的であるかどうかをきちんと精査することが大切です。
原状回復費用に関する詳細は、以下の記事も併せてご参照ください。
[参考記事] 賃貸住宅の退去費用・原状回復費用に納得いかない場合の交渉破産手続開始決定前に退去した場合、原状回復費用は免責される
賃貸人の原状回復費用の支払い義務が発生するのは、賃貸借契約が終了し、建物から退去した時点です。
したがって、原状回復費用が破産免責の対象となるかどうかについても、「退去が破産手続開始決定の前か後か」によって決定されます。
破産手続開始決定前に債務者が賃貸物件から退去した場合には、原状回復費用に係る債権が「破産債権」として取り扱われます。
この場合、破産手続きの中で配当が行われた後、配当を受けられなかった残額は免責されることになります。
破産手続開始決定後に退去した場合、原状回復費用は免責されない
これに対して、賃貸物件から賃借人が退去したタイミングが破産手続開始決定後の場合には、原状回復費用に係る債権は、破産手続きの対象外となります。
この場合、債務者は退去に伴い、債権者に対して原状回復費用の全額を支払うことが必要です。
(3) 敷金
賃貸借契約の締結時において、賃借人から賃貸人に対して「敷金」が差し入れられている場合、自己破産によって敷金はどのような取り扱いを受けるのでしょうか。
敷金とは、賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭債務の一切を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいいます(民法622条の2第1項)。
賃貸借契約に基づく家賃(賃料)が未払いとなった場合には、賃貸人は未払い分につき、敷金をもって債務の弁済に充当することができます(同条2項)。
この敷金充当は、破産手続外で行うことが認められています(別除権、破産法65条1項)。
したがって、未払い賃料がある状態で自己破産をした場合、賃貸人に預託している敷金は、未払い賃料の弁済に充当されることになるでしょう。
2.自己破産と賃貸物件からの退去
自己破産をする場合において、債務者が賃貸物件から退去しなければならないかどうかについては、未払い賃料があるかどうかによって結論が異なります。
(1) 未払い賃料がある場合|賃貸借契約が解除される可能性
賃貸借契約に基づく賃料債務が未払いとなっている場合には、賃貸人によって賃貸借契約が解除され、退去を強いられる可能性が高いです。
賃貸借契約においては、おおむね賃料の3か月分以上が未払いになると、当事者間の信頼関係が破壊されたと評価され、賃貸人による契約解除が認められるようになります。
上記を基準とすれば、賃料の未払いが3か月分以上ある状態で賃借人が破産した場合、信頼関係破壊が認められる公算が高いです。
したがって、破産手続開始決定の時点で賃料の未払いがある場合には、債務者は賃貸物件から退去することを覚悟しなければなりません。
もし今住んでいる賃貸物件から退去したくない場合には、自己破産の申立てをする前に、家賃の滞納状態を解消する必要があります。
なお、債務が滞納状態にある場合でも、支払不能に陥った後で特定の債権者に対して債務の弁済を行うと、「偏頗弁済」として、破産管財人により否認される可能性があります(破産法162条1項1号)。
【偏頗(へんぱ)弁済とは?】
複数の債務のうち、特定の債務のみを優先的に弁済することです。債権者平等を図る破産法の趣旨から、破産管財人による否認や、免責不許可事由の対象となっています。
破産管財人により滞納家賃の弁済が否認された場合、結局賃貸人によって賃貸借契約が解除されてしまうことになりかねません。
その一方で、家賃の滞納状態を解消することは、債務者にとって生活の基盤である住居を確保することに繋がるため、破産管財人は否認権を行使しないことも多いです。
複数の債務を滞納している状態で、家賃を優先的に支払うことが破産手続き上どのように取り扱われるかについては、弁護士に相談してアドバイスを求めると良いでしょう。
(2) 未払い賃料がない場合|退去は不要
自己破産をしたとしても、賃料の支払いが滞りなく行われている場合には、賃貸借契約の解除事由に該当しません。
したがって、未払い賃料がないのであれば、自己破産をした場合であっても、賃貸物件から退去する必要はありません。
【自己破産を理由とした賃貸借契約の更新拒絶は可能か?】
なお、賃貸借契約の期間が満了する段階で、「自己破産をするような賃借人は信用できない。今後賃料の不払いを起こす可能性が高いので、出ていってほしい」などと賃貸人が主張し、賃貸借契約の更新を拒絶するケースも見受けられます。
しかし、このような賃貸人の主張が合理的かどうかは、借地借家法との関係を踏まえて検討することが必要です。借地借家法28条では、賃貸借契約の期間満了時に、賃貸人側から契約の更新拒絶をするには、「正当の事由」があると認められることが必要とされているからです。
この点、実際に賃料の不払いが生じているのであれば、契約解除の場合に準じて、賃貸人からの契約の更新拒絶が認められる可能性が高いでしょう。これに対して、賃料の不払いが生じていないにもかかわらず、「自己破産をした」という事実だけを理由として賃貸人からの契約の更新拒絶をするならば、「正当の事由」が認められる可能性はきわめて低いと考えられます。
3.まとめ
賃貸借契約に基づく家賃や原状回復費用の未払い分については、「破産手続開始決定前は免責の対象となりますが、破産手続開始決定後は破産免責の対象外」となります。
また、未払い賃料があるまま自己破産をすると、賃貸人に賃貸借契約を解除される可能性があります。
実際に自己破産を申し立てる前に、自己破産を選択することが本当に望ましいのかどうかを慎重に検討することが大切です。
債務の返済に苦しみ家賃を滞納してしまっている方、自己破産を検討している方は、お早めに弁護士にご相談ください。
どの債務整理手続きを選択すべきか、またどのように手続きを進めるべきかなどについて、親身になってアドバイスを致します。