賃貸住宅の退去費用・原状回復費用に納得いかない場合の交渉
賃借していた住宅を退去する際、賃貸人から高額の退去費用(原状回復費用)を請求されるケースがあります。
しかし、賃貸人側から請求される原状回復費用は、必ずしも法令などのルールに従って計算されたものとは限りません。
もし「原状回復費用が高すぎるのではないか」という疑念を持った場合は、弁護士にご相談のうえで検討を行ってみましょう。
この記事では、賃貸借契約終了時の原状回復費用に関する法令上の考え方と、原状回復費用の金額に納得がいかない場合の対処法を中心に解説します。
1.退去時の原状回復費用の負担
賃貸借契約の終了時において、賃貸人と賃借人がどのように原状回復費用を分担するかについては、国土交通省が定める以下のガイドライン(以下「本ガイドライン」)にまとめられています。
【参考】原状回復をめぐるトラブルとガイドライン|国土交通省住宅局
本ガイドラインは、それ自体が法的強制力を有するものではありませんが、裁判例や取引等の実務を考慮したうえで一般的な基準を定めており、事実上の実務スタンダードとなっています。
以下では、本ガイドラインの内容に沿って、賃貸人と賃借人の間の原状回復費用の分担について解説します。
(1) 経年変化・通常損耗は賃貸人負担
年数の経過によって当然に生じる建物の変化(経年変化)、および建物を使用するに当たって自然に生じる損耗(通常損耗)については、賃貸人が費用を負担すべきものと解されています。
経年変化および通常損耗は、賃貸借契約に基づく使用に伴い当然に生ずる劣化であり、元来賃料でカバーすべきものと考えられるからです。
経年変化・通常損耗に該当するものの例は、以下のとおりです。
- フローリングのワックスがけ
- 家具の設置に伴う床やカーペットのへこみなど
- 日照などによる畳の変色、フローリングの色落ち、クロスの変色
- テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の電気ヤケ
- 壁に貼ったポスターや絵画の跡
- 壁の画鋲、ビンなどの穴
- エアコン設置による壁のビス穴など
- 網戸の張替え(破損していないもの)
- エアコンの内部洗浄
(2) 通常の使用を超える使用による損耗等は賃借人負担
これに対して、経年変化や通常損耗を超える程度、つまり通常の使用を超える使用によって生じた損耗等については、賃借人負担で原状回復を行う必要があります。
賃借人側で原状回復を要する損耗等の例は、以下のとおりです。
- 引っ越し作業中に生じた床や壁面の傷
- 落書き
- 賃借人の不注意による畳の変色、フローリングの色落ち、クロスの変色
- タバコのヤニや臭い
- ペットによる柱の傷や臭い
- 壁のくぎ穴、ねじ穴など
- 天井に直接取り付けた照明器具などの跡
- クーラーからの水漏れなどを原因とする壁の腐食
以上をまとめると、賃借人は、賃貸借契約終了時に建物を入居時の状態に戻す必要はなく、あくまでも通常の使用を超える使用によって生じた損耗等のみについての原状回復費用を負担すればよいということになります。
[参考記事] 退去時の原状回復義務とは?2.経年変化・通常損耗を賃借人負担とする特約の有効性
しかし、賃貸借契約の中で、本来は賃貸人負担であるはずの経年変化・通常損耗の原状回復を、賃借人負担で行うべき内容の特約が規定されることがあります。
このような特約は、法的に無制限に有効となるわけではないので、特約の有効性についてはよく検討することが大切です。
(1) 特約が有効となるための要件
本ガイドラインでは、経年変化・通常損耗の原状回復を賃借人負担とする特約が有効となるための要件として、以下の3つが挙げられています。
① 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
特約の有効性を判断するためには、上記の要件に照らして、契約締結に関する事情やプロセスをよく分析・検討しなければなりません。
(2) クリーニング特約の有効性
賃貸借契約の中で、契約終了による退去時に一定のクリーニング費用を賃借人に負担させる特約が規定されるケースがあります。
このクリーニング費用は、経年変化や通常損耗の補修などに用いられることも多いため、原状回復に関する一般的なルールとの関係で、特約の有効性が問題になり得ます。
この点本ガイドラインでは、クリーニング特約の有効性について、以下の3つの観点から有効性を判断すべき旨を指摘しています。
① 賃借人が負担すべき内容・範囲が示されているか
② 本来賃借人負担とならない通常損耗分についても負担させるという趣旨、および負担することになる通常損耗の具体的範囲が明記されているか、あるいは口頭で説明されているか
③ 費用として妥当か
3.高額の原状回復費用を請求された場合の対処法
賃貸借契約の終了・退去時に、賃貸人から高額の原状回復費用を請求された場合、その金額や内容が合理的なものかどうかを検証することが大切です。
(1) 原状回復費用の内容・内訳の明細を請求する
まずは賃貸人に対して、原状回復費用の内容および内訳の明細を交付するように請求しましょう。
原状回復費用は、まず敷金から差し引かれることになるところ、賃貸人は敷金精算に関して、賃借人に対する説明義務を負っています。
そのため、賃借人からの請求がある場合、賃貸人は賃借人に対して、原状回復費用の内容および内訳の明細を交付する義務を負うと考えられます。
(2) 賃貸人負担部分と賃借人負担部分を切り分ける
賃貸人から原状回復費用に関する明細書の交付を受けたら、前述の原状回復に関する義務分担のルールに照らして、原状回復費用のうち、賃貸人負担部分と賃借人負担部分を切り分けましょう。
その際、主なチェックポイントは以下のとおりです。
- 経年変化や通常損耗が原状回復費用に含まれていないか
- 経年変化や通常損耗の原状回復を賃借人負担とする特約がある場合、その特約は有効か など
もし、本来賃貸人が負担すべき原状回復費用が賃借人に転嫁されている場合には、その部分については賃貸人からの請求を拒否しましょう。
(3) 独自に見積もりを取得して金額の不当性を主張
通常の使用を超える使用によって生じる損耗等(=賃借人負担)の原状回復を、賃貸人側で業者を手配して行う場合には、その費用が妥当であるかどうかに注意する必要があります。
たとえば、賃貸人が本来かかった原状回復費用よりも高い費用を請求してきたり、「賃借人負担だから」という理由で相場よりも高額な業者に原状回復を委託したりするケースもあるからです。
賃貸人が提示する原状回復費用の金額が妥当かどうかを判断するためには、賃借人が独自に業者から見積もりを取得して、その金額と比較する方法が有効になります。
仮に賃貸人が不相当に高額な原状回復費用を請求してきたことが分かった場合には、具体的な根拠を示して適切に反論を行いましょう。
4.原状回復費用に関する交渉がまとまらない場合
原状回復費用の金額などに関して、賃貸人と賃借人の間で意見の相違が生じた場合には、最終的には各種の法的手続きを通じた解決を目指すことになります。
手続きの選択肢としては、「少額訴訟」「裁判外紛争処理制度」「通常訴訟」の3つが考えられます。
(1) 60万円以下であれば少額訴訟が利用可能
問題となっている原状回復費用が60万円以下の場合には、「少額訴訟」の手続きを利用するのが便利です(民事訴訟法368条1項)。
少額訴訟は、原則として1回の口頭弁論期日で審理が完了するため(同法370条1項)、非常に迅速に紛争を解決できるメリットがあります。
また少額訴訟では、仮に賃借人に対して原状回復費用の支払いが命じられる場合でも、被告の資力その他の事情を考慮して特に必要があると認めるときは、分割払い・支払い猶予・遅延損害金免除の判決を言い渡すことが認められています(同法375条1項)。
そのため、賃借人の側に原状回復費用を支払う資力がない場合にも、少額訴訟を利用するメリットがあるといえるでしょう。
(2) 裁判外紛争処理制度
あくまでも賃貸人・賃借人間での話し合いによる解決を目指す場合には、「民事調停」の申立てや、国民生活センターなどのあっせん・調停制度を活用することも選択肢になります。
また、弁護士会などに設けられた仲裁センターでは、原状回復費用に関する紛争解決を仲裁人の判断に委ねる「仲裁」手続きを利用することも可能です。
これらの手続きは「裁判外紛争処理制度」と総称され、訴訟と比較すると柔軟な解決を実現できる点などがメリットです。
裁判外紛争処理制度には多様な種類があるので、どの手続きの利用を検討すべきかについては、弁護士にご確認ください。
(3) 原状回復費用が高額の場合は通常訴訟
原状回復費用の金額がかなり高額であり、賃貸人・賃借人間での和解が成立する余地もない場合には、通常の訴訟手続きで争うほかありません。
通常訴訟では、原状回復費用の合理性に関して、賃貸人・賃借人双方が主張を戦わせることになります。
訴訟における事実の立証は、原則として証拠による必要があるので、事前に入念な証拠収集を行うことが不可欠です。
また、準備書面などの書類の準備にもかなり手間がかかるほか、訴訟手続きも専門的な内容であるため、弁護士のサポートを受けながら対応することをお勧めいたします。
5.まとめ
賃貸借契約終了時の原状回復は、そのすべてを賃借人の負担で行わなければならないものではありません。
もし賃貸人から高額の原状回復費用を請求された場合には、内容・内訳の明細を請求したうえで、その費用が本当に合理的なものであるかどうかを十分に検討しましょう。
賃貸人との間で原状回復費用に関する交渉や訴訟などを行う必要が生じた場合には、弁護士にご相談ください。