賃貸人(大家・テナント)が破産をしたら賃貸借契約はどうなる?
「サラリーマン大家さん」という言葉が一時期流行しました。その名の通りサラリーマンが不動産投資をして賃貸用物件を購入し、それを他人に貸して賃貸収入を図るものです。
サラリーマン大家さんの多くは不動産投資のためにローンを利用します。
しかし、思ったような収入を得られず、ローンの支払いができなくなり、自己破産するケースも散見されます。
サラリーマン大家ではない一般的な企業でも、業績悪化などによって破産することがあるでしょう。
では、賃貸人、つまり大家やテナントオーナーが破産した場合、賃貸借契約はどのようになるのでしょうか?
ここでは、賃貸人が破産したときの賃貸借契約について説明していきます。
1.賃貸人が破産した場合の契約の扱い
賃貸人が破産した場合、賃借人が最初に心配になるのは「自分はこのまま住み続けられるのか?」ということでしょう。
結論としては、賃貸人が破産しても即刻退去ということにはなりません。
しかし、場合によっては後々の退去を余儀なくされるケースもあるので、以下で詳しく説明していきます。
(1) 破産手続の実務では継続して居住可能
まずは破産手続きにおいて、賃貸物件がどのように扱われるのかをご紹介します。
破産手続きの開始後、裁判所は破産管財人を選任します。この人が破産手続きの実務面を取り仕切ります。
破産管財人は破産者の財産を処分してお金に換えていきますが、既に賃借人が引き渡しを受けた賃貸物件については、破産管財人の権限では賃貸借契約の解除が基本的にできません(破産法56条1項)。
そのため破産手続きが進んでいる間でも、賃借人は賃貸物件を従来のまま利用できます。
さて、破産管財人は解除権の行使は出来ませんが、賃貸物件を売却してお金に換えるために、通常は「任意売却」を試みます。
そして賃貸物件が売却できた場合、破産管財人は「従来の賃貸借契約」を新しい買主に引き継いでもらうように取り計らうケースが多いです。
結果として賃貸借契約は継続し、破産手続きが終わった後でも賃借人が同じ物件を継続して利用できることが多いとされています。
(2) 任意売却ができず競売となった場合
買い手が見つからないなどで任意売却に失敗した場合、抵当権設定者が抵当権を実行して不動産を競売にかけます。
競売物件に賃借人がいて、賃借人が物件を落札した買受人に賃借権を対抗できない場合、買受人は従来の賃貸借契約を「承継しない」ことになっています。
この場合、賃貸借契約は消滅してしまい、賃借人は退去を余儀なくされます。
一方で、賃借人が抵当権設定登記前に建物の引き渡し(賃貸借契約の締結)を受けているなど、賃借権を対抗できる場合には、賃貸借契約が終了するまで退去を強制されることはありません。
また、退去させられる場合でも競売終了後には6ヶ月程度の猶予期間があります。競売の後も半年程度は退去せずに済むので、その間に引越し先を探しましょう。
なお、競売で落札した人が賃貸目的でその建物を獲得した場合は、引き続き賃料を払って居続けることができるかもしれません。その場合は落札者と新たに賃貸借契約を締結することになります。
【入居後に抵当権が設定された物件の場合】
入居した当時に抵当権が設定されておらず、入居後に賃貸人が借金をするなどして、その担保として賃貸物件に抵当権が設定されたとします。
この場合、賃貸借契約は競売で落札した人に引き継がれることになり、表面上は従来と同じ状態が続きます。
つまり入居者は退去せずに済むため、新しいオーナーである落札者に家賃を払いながら、同じ場所に居続けることが可能です。
2.敷金は返還してもらえる?
賃貸物件を借りるときは、敷金を賃貸人に預けることが一般的です。場合によっては賃料の何ヶ月分もの敷金を預けることになるため、返してもらえなければ大きな損害を受けてしまいます。
賃貸人が破産した場合、敷金は返してもらえるのでしょうか?
この場合もケースによって異なるので、それぞれ説明していきます。
(1) 任意売却の場合
破産管財人などによる任意売却の結果、物件の所有者が変わったとします。
この場合は、先述の通り新しい買主が従来の賃貸借契約を引き継ぐため、新しい所有者に敷金の返還を請求できることが通常です。
すなわち、新しい所有者は賃借人に敷金返還債務を持ち、賃借人は新しい所有者に敷金返還請求権を持つのです。
これは、入居後に設定された抵抗権の実行による競売のケースでも同じです。
(2) 競売の場合
入居前に設定された抵抗権の実行による競売を経て物件を所有した人は、これも先述の通り賃貸借契約を承継しません。
敷金に関する決め事は賃貸借契約に付随するものなので、賃貸借契約を引き継がない以上、新しい所有者は敷金を賃借人に返す義務もないことになります。
敷金返還請求は元の賃貸人に行使する他ないですが、元賃貸人が破産している場合、敷金がほぼ返ってこないことも大いにありえるのです。
次に、この賃貸人への敷金返還請求権についてご説明します。
(3) 元賃貸人への返還請求
元の賃貸人が破産した場合、賃借人は敷金返還請求権を破産管財人に届け出る必要があります。
届け出た敷金返還請求権については、概ね以下のどちらかを選択することになります。
物件を明渡して破産財団から配当を受ける
破産手続きの中で敷金を回収する方法です。
破産管財人は破産手続きの中で破産者の財産を処分してお金に換えますが、そのお金は破産者の債権者に平等に配当されます。
このときの「平等」とは、3人の債権者がいればそれぞれ山分けで3等分、というわけではありません。
Aさんが300万、Bさんが200万、Cさんが100万円の債権を持っている場合は、破産者の財産の中から3:2:1の割合で配当を受けることになります。
そのため、大口の債権者がいる場合や債権者が何人もいる場合などは、敷金が一部しか返ってこない可能性があります。
また、破産者の財産が少ない場合は配当に回るお金も少なくなるため、十分な弁済を受けることができません。敷金の大半あるいは全てを諦めなければならなくなる可能性もあります。
※そもそも敷金返還請求権を行使できるのは物件の明渡し後なので、配当期限までに物件を明け渡さなければ配当を受けることもできません。
寄託による優先弁済を受ける
破産の場合、賃借人は物件を利用している間、破産管財人に賃料を支払うことになるケースがあります。
この時、賃借人は敷金と同じ額を限度として、破産管財人に対して賃料弁済額の「寄託」を請求できます。
寄託とは「預かってもらう」という意味です。
後日、賃借人が破産管財人と合意の上で賃貸借契約を解除して物件を明け渡すと、寄託した賃料は全額返還されます。
そして、寄託した金額の範囲内で、敷金を優先的に回収できます。
例を挙げると、賃料が月額10万円で敷金が100万円だったとします。破産手続きが始まったため、賃借人は3ヶ月分の賃料30万円を破産管財人に「寄託」しました。
そして定められた期限(配当通知の到達から1週間または2週間)までに明渡しが完了した場合、敷金から原状回復費用を差し引き、寄託した金額である30万円分の敷金を他の債権に先駆けて優先的に回収できます。
原状回復費用が20万円であれば、敷金の100万-原状回復費20万=80万円のうち、30万円を優先的に回収できるのです。
残りの敷金である50万円については、破産手続きの中で配当を受けることになります。
ただし、期限までに明渡しが完了しない場合は、寄託金も破産手続きの中で配当を受けることになってしまいます。
その場合は寄託金がほとんど返ってこないことも珍しくないのでご注意ください。
3.賃貸人が破産したときの対処法はケースごとに判断を
賃貸人が破産しても賃借人に大きな影響がないケースがある一方で、不動産が競売されて退去しなければならないこともあります。
敷金に関しても同様で、返還を受けられる場合もあれば、実質的に返還額がゼロになることもありえます。
「賃貸人が破産したらどうすればいいのか?」「どうすれば敷金が返ってくるのか?」など、少しでも不安な場合は弁護士にご相談することをおすすめします。