離婚後、夫(旦那)名義の賃貸にそのまま住むことは可能か?
「夫(旦那)名義で契約した賃貸アパートや賃貸マンションに済んでいたけれど、離婚して夫(旦那)は出て行ってしまい、残された妻や子どもがそのまま賃貸物件に住み続ける」というケースは決して珍しくありません。
ただ、様々な心配・疑問も湧いてきます。
- 夫(旦那)の名義のまま住み続けることは契約違反、法律違反にならないのか?
- 名義が違うのだから、出て行けと言われたら出て行かなくてはならないのか?
- 大家さん側から、「名義変更」や「再契約」を要求された場合に気を付けるべきことは?
この記事では、これらの疑問に答えると共に、残された妻が注意するべき点について説明します。
1.夫婦間の賃借権の「無断譲渡」「無断転貸」
まず、元妻らは住み続けることができるのか否かを検討しましょう。
「賃借権の無断譲渡」や「賃借物の無断転貸」は禁止されており、これに違反すれば、貸主は賃貸借契約を解除できることが原則です(民法612条)。
賃貸借契約の無断譲渡とは、旧借主が、賃借人の地位を他の者に譲り渡して契約当事者の地位から離脱し、譲受人が新借主となることです。いわば、借主の交代です。
賃借物の無断転貸とは、借主が賃借人の地位を保ったまま、目的物件を他の者に使用収益させることで、いわゆる「又貸し」です。
離婚時に、夫婦の間で、夫名義で借りているアパートの賃借権を「元妻に譲渡する」とか、今後は「元妻に又貸しする」という明確な合意をすることはほとんどないと思われますから、夫婦がどのような意思であったのか、具体的な事情を考慮して判断するしかありません。
その際、考慮されるべきは、賃貸借契約において借主が有する基本的な権利義務を誰に帰属させるつもりだったのかという点です。
賃貸借契約の借主は、目的物を使用収益する権利を有し、賃料支払義務を負うほか、契約終了時には貸主に目的物を返還する義務も負担します。これらが借主が有する基本的な権利義務です。
(1) 無断譲渡となるケース
ほとんどの場合、元夫の退去後は、元妻が家賃を負担し、名目上だけ元夫名義で振り込みをしています。
元夫は二度とその物件に居住するつもりも、家賃を支払うつもりもありません。まして将来、元妻が退去する時点まで、物件を明け渡す責任を負い続けるとは考えていません。
いわば借主としての権利義務を元妻に丸投げしてしまっているのであり、元夫が借主の地位から離脱する「賃借権の譲渡」と解釈することになります。
(2) 無断転貸となるケース
逆に、元妻が元夫に家賃を送金し、それを元夫から貸主に振り込むなどという迂遠な方法をとることは通常ありませんから、「賃借物の無断転貸」と評価される場合は、ほとんどないでしょう。
2.無断譲渡に該当しても解除できない?
さて、ほとんどの場合は、上の「無断譲渡」に該当すると思われます。
その場合、民法612条によって、直ちに賃貸借契約を解除されてしまうのでしょうか?
結論から言うと、そのようなことはありません。
建物の賃貸借契約は、一時的なものではなく、長期間にわたる継続的な契約関係ですので、貸主と借主の間における「信頼関係」を基礎としています。
無断譲渡・転貸は、この「信頼関係」を破壊する背信的な行為であるが故に、契約を解除できることが原則とされているのです。
したがって、無断譲渡・転貸行為があっても、それが信頼関係を破壊する「背信行為と認めるに足りない特段の事情」がある場合は、契約解除は認められません。
これが古くから多くの判例によって認められてきた「信頼関係破壊理論」と呼ばれる法理であり、借家人の生活基盤となっている借家権をできるだけ保護する社会政策的な要請に支えられた考え方です(※最高裁昭和28年9月25日判決)。
「背信行為と認めるに足りない特段の事情」の典型が、無断譲渡の譲受人、無断転貸の転借人が、もともとの借主の同居家族というケースです。
離婚前は、借主として賃貸借契約を結んだのは夫でしたが、契約当事者ではない妻や子どもも賃貸物件に住むことができていました。
これは、たとえ契約書に明記されていなくとも、当然に、借主の家族も居住することが賃貸借契約の合意内容となっていると評価されるからです。
たとえ、離婚して元夫が不在となっても、従前、適法に居住が認められていた妻や子の居住実態にはなんら変更はありませんから、貸主に不利益はなく、「背信行為と認めるに足りない特段の事情」があると言えます。
なお、これは戸籍上の夫婦だった場合だけでなく、内縁の夫婦が別れた場合も全く同じです。
【裁判例】
もともと賃借人の妻は賃借人の賃借権に基づき終生居住することができるはずで、賃貸人はその居住を拒めない者であるから、妻への賃借権譲渡は背信性を欠く(大阪地裁昭和41年12月20日判決)。
賃借人であった内縁の夫が家を出て、内縁の妻と子どもが借家に居住を続けた場合、賃借権の譲渡があったものであるが、賃貸人の承諾がないとしても背信性はない(京都地裁昭和54年3月27日判決)。
3.背信性がなく解除されない場合の法律関係
では、貸主が契約を解除できない場合、どのような法律関係となるのでしょうか?
民法は賃借権の譲渡・転貸も、貸主の承諾があれば許され、契約を解除されないとしています。それは貸主の承諾があるならば、背信行為ではないと言えるからです。
すなわち、貸主の承諾は、背信性を無くすひとつの要素に過ぎず、承諾そのものに決定的な意味があるわけではありません。
そうであれば、貸主の承諾がある場合と、貸主の承諾はないが背信性がない場合とを区別する理由はありません。
したがって、背信性がない場合も、承諾がある場合と同じに扱えば足ります。
具体的には、無断譲渡で背信性がない場合は、旧借主は賃貸借契約から離脱し、譲受人が新借主の地位につきます。
無断転貸で背信性がない場合は、賃貸人⇔賃借人(転貸人)⇔転借人という法律関係が成立します。
判例にも、次のものがあります。
- 背信性のない建物無断転貸につき貸主は転借人に明渡しを請求できないと判示したもの(最高裁昭和36年4月28日判決)
- 背信性のない土地賃借権の無断譲渡につき、譲渡人は契約関係から離脱して契約上の債務を負わなくなり、譲受人のみが賃借人となると判示したもの(最高裁昭和45年12月11日判決)。
4.名義変更や再契約のメリット・デメリット
貸主や貸主側の不動産業者から、賃貸借契約の名義を元妻に「名義変更」してほしいとか、妻名義で「再契約」してほしいと要請されることがあります。名義変更や再契約をする場合、どのようなことに気を付けるべきでしょうか?
「名義変更」や「再契約」をする場合に注意すべきことは、新賃借人となる元妻に賃料を支払っていけるだけの収入があるかどうかの審査があったり、新たに連帯保証人を付けることを要求されたりするする可能性があるということです。
また、「再契約」の場合、たとえ、同じ物件を目的として、家賃、期限など、契約条件が同じで、これまでの契約内容が引き継がれる内容である場合でも、法的にはあくまでも別契約ですから、新たに権利金、礼金、契約手数料など、新規契約と同様の支払を求められることが通常です。
名義変更の場合は、「名義変更料」という名目で、実質的に同内容の負担を要求される可能性があります。
コストを負担することは「名義変更」「再契約」のデメリットですが、逆に、それさえ支払えば、貸主との円満な関係を継続できる安心感を得るメリットがあります。
もちろん、これらの新たな負担は、話合いによって減額できる場合もありますし、このような新たな負担を求めない良心的な貸主もいます。
しかし、法的に「新規契約」である以上、貸主がこのような負担を要求することは自由であり、借主が負担に応じない場合は、「名義変更」や「再契約」を拒否する権利も貸主は有しています。
5.まとめ
これまで説明したように、元夫名義で賃貸した物件でも、元妻や子は住み続けることができます。
ただ、このような法律上当然の知識を持っていない大家さんは多く、法定更新という制度を知らない大家さんも珍しくありません。
また、物件の管理を任されている不動産業者ですら、十分な知識を備えていない者もおり、退去を求められたりするなどの不当な扱いをされるケースは少なくありません。
そのような場合、法律の専門家である弁護士に相談されることがお勧めです。