不動産売却時、火事があった事実を告知する義務はある?
土地などの不動産を売却する際、その不動産において過去に火事があった場合には、宅建業者がその事実を買主に告知すべきかどうかという問題が発生します。
宅建業者にとって、宅地建物取引業法の規定を正しく遵守することは、安定的に不動産ビジネスを展開していくうえで極めて重要です。
不動産の火事に関する告知義務についても、この機会に正確な理解を備えておきましょう。
この記事では、宅地建物取引業者が不動産を売却する際に、過去の火事に関連する事実を告知すべきかどうかについて解説します。
1.不動産売却時に「瑕疵」を告知する義務
宅建業者は、買主が不動産を購入するかどうかの判断をするに当たって、その判断に重要な影響を及ぼすことになる事実を正しく告知する義務を負っています(宅地建物取引業法47条1号ニ)。
不動産の購入判断に重要な影響を及ぼすことになる事実の一つとして、不動産の「瑕疵」が存在します。
不動産で発生した火事についても、この「瑕疵」に当たるかどうか問題になるので、まずは「瑕疵」についての一般論を理解しておきましょう。
(1) 「瑕疵」とは
「瑕疵」とは、「欠点」や「欠陥」という意味を表す用語です。
従来の民法では、「瑕疵担保責任」という形で「瑕疵」の語が用いられており、「契約の目的物が、当事者が契約上予定していた性状等を備えていないこと」を意味していました。
(現在では民法が改正され、「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」と改められています。
一方、宅地建物取引業法47条1号ニに基づき、不動産の購入判断に重要な影響を及ぼすことになる事実に当たる「瑕疵」は、もっと広い意味を有しています。
つまり、通常の不動産に比べて、一般人の視点で「劣っている」と評価され、それが購入判断に影響を及ぼす程度に至っていれば、すべて「瑕疵」に当たると整理すべきです。
宅建業者の立場では、通常の物件に比べて少しでも違和感を生じる箇所があれば、重要事項説明書に記載しておくのが無難でしょう。
(2) 法的瑕疵・物理的瑕疵・心理的瑕疵
不動産の「瑕疵」は、大きく以下の3つに分類されます。
①法的瑕疵
不動産に関する権利・法律関係について存在する瑕疵をいいます。
たとえば、売主が不動産の所有権を有していないケースなどが、「法的瑕疵」の典型例です。
②物理的瑕疵
不動産全体またはその一部について、物理的に存在する瑕疵をいいます。
たとえば、壁が壊れている・柱が腐食している・地盤が緩んでいるなどの状態が「物理的瑕疵」に該当します。
③心理的瑕疵
不動産の機能に悪影響を及ぼすわけではないものの、過去の事件などを原因として「縁起の悪さ」「不気味さ」などの印象を与え、買主に不動産の購入をためらわせるような事情をいいます。
たとえば、前の入居者が自殺した場合や、自然災害に見舞われた場合などには「心理的瑕疵」が認められやすいです。
2.過去に火事が発生した場合の「瑕疵」
不動産において、過去に火事が発生した場合には、「心理的瑕疵」と「物理的瑕疵」の2種類の瑕疵が問題になり得ます。
(1) 火事による「心理的瑕疵」
火事は、不動産において発生するおそれのある事故の中でも、最悪の事態の一つに分類される大災害です。
そのため、過去に火事が起こったというだけで、買主は縁起の悪さを感じ、不動産の購入を敬遠することがしばしばあります。
周辺の住宅との隣接状況などから、当該不動産に延焼が生じやすい位置関係が認められるケースもあるため、このような懸念はあながち不合理とはいえません。
また、過去の火災において被害者が死亡した場合には、自殺が発生した物件と同様、一般的に大きな心理的瑕疵が認められるでしょう。
[参考記事] 事故物件の売買トラブル|告知義務と心理的瑕疵(2) 火事による「物理的瑕疵」
建物が一度火災の被害に遭った後、その建物を補修・復旧したとしても、見えない部分で物理的瑕疵が残っているケースがあります。
たとえば、重要な柱の一部が焼けて失われたままになっていたり、骨組みの根幹部が破損していたりする事態もあり得るでしょう。
3.宅建業者は過去の火事を告知すべき
以上により、宅建業者が売却しようとする不動産において過去に火事が発生していた場合、基本的にはその事実を告知した方が良いと考えられます。
宅建業者が不動産の売却活動を行う際には、買主候補に対してあまりネガティブな情報を与えたくないという心理が働きがちです。
火事についても、「物理的瑕疵を完全に修復したのであれば、過去の話に過ぎないので告知しなくてもよいのではないか?」と考えるケースもあるでしょう。
しかし、宅建業者としての義務を確実に履行するため、また買主から後にクレームを受けることを避けるためにも、過去の火事の事実はきちんと告知しておくことをお勧めいたします。
もし火事の事実を告知しなかった場合、後述する行政上・刑事上のペナルティを受ける可能性があります。
また、買主が後から火事の事実を知り、売買契約の解除や損害賠償を求めて法的主張を展開してくるかもしれません。
このような事態が発生すると、宅建業者は対応に大きなコストを割かねばならず、さらに巨額の損害賠償などを課されるおそれもあります。
そうならないように、たとえ軽微な火事であったとしても、不動産の売却時には買主に対して告知しておくべきでしょう。
【火事から年数が経っていても告知すべき?】
過去の火事について告知義務があるといっても、大昔の火事についてまで告知しなければならないとするのは合理的な取り扱いとはいえません。特に心理的瑕疵については、年月とともに風化・希釈化すると考えられるので、火事から長期間が経過していれば宅建業者の告知義務の対象から外れる可能性もあります。
たとえば東京地裁平成26年8月7日判決の事案では、土地の売買から17年前に発生した同土地上にかつて存在した建物の火災事故(1名死亡)について、火災による死亡事故が土地の売買契約時点では相当程度風化・希釈化されており、一般人が忌避感を抱くと考え得る程度のものではなかったとして、土地の心理的瑕疵を認めませんでした。
この「17年」という期間は、明確な基準によって導かれたものではなく「一般人が忌避感を抱くと考え得る程度」の瑕疵があるかどうかについて、諸般の事情を総合的に考慮して導かれたものです。そのため、告知義務の免除にどのくらいの期間経過が必要かはケースバイケースの判断となります。
宅建業者としては、自社内部での取り扱いとして、上記の裁判例を踏まえて火事の告知期間目安をマニュアル化しておきましょう。
4.告知義務に違反した場合の制裁
宅建業者が重要事項の告知義務に違反した場合、以下の行政上・刑事上の制裁を受ける可能性があります。
各種の制裁を受けることがないように、宅建業者は、やや保守的な姿勢を意識して、告知する重要事項の内容を検討することをお勧めいたします。
(1) 指導等・報告要求・検査
国土交通大臣は、宅建業者に対して、宅地建物取引業の適正な運営を確保し、健全な発達を図るために必要な指導・助言・勧告をすることができます(宅地建物取引業法71条)。
重要事項の告知義務に違反する状況が認められた場合には、第一段階として、国土交通大臣による指導・助言・勧告が行われる可能性があるでしょう。
さらに一歩進んで、国土交通大臣には、宅地建物取引業の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、宅建業者の業務について必要な報告を求めたり、立ち入り検査を行ったりする権限も認められています(同法72条1項)。
報告や立ち入り検査等へ対応する際には、宅建業者は多大な労力とコストの負担を強いられることになるでしょう。
(2) 指示・1年以内の業務停止
国土交通大臣または都道府県知事は、重要事項の告知義務違反など、宅建業者が宅地建物取引業法の規定に違反したという具体的な事実を認めた場合には、宅建業者に対して必要な指示を行うことができます(同法65条1項)。
さらに、国土交通大臣または都道府県知事は、宅地建物取引業法違反の事実を認めた場合には、1年以内の期間を定めて、宅建業者に業務停止処分を行うこともできます(同条2項)。
万が一業務停止処分を受けてしまうと、すべての営業活動をストップせざるを得ません。
その場合、取引先の信頼を失うことになるうえ、資金繰りにも窮する可能性が高いでしょう。
(3) 免許の取消し
宅地建物取引業法違反の情状が特に重い場合や、業務停止処分に従わない場合には、宅地建物取引業の免許を取り消される可能性もあります(同法66条1項9号)。
(4) 刑事罰
さらに、重要事項の不告知および不実告知は、宅地建物取引業法上、刑事罰の対象にもなっています。
重要事項の不告知および不実告知の刑事罰は、「2年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金」またはその両方です(同法79条の2)。
なお、法人の代表者・代理人・使用人その他の従業者が重要事項の不告知および不実告知を犯した場合、法人にも「1億円以下の罰金」が科されます(両罰規定。同法84条)
5.不動産売買の重要事項説明については弁護士に相談を
宅建業者が不動産の売買を行う場合、重要事項として何を説明するかについては極めて慎重な検討を要します。
円滑に売却を行うためにはあまりネガティブな情報を伝えたくないと考える一方で、宅建業法上の告知義務を十分に満たす水準の説明を行うことは必須です。
そのため、告知内容の検討には、法的な知見を踏まえたバランス感覚が必要となります。
弁護士にご相談いただければ、法的な見地から、宅建業者がとるべき重要事項説明の考え方についてアドバイスを差し上げます。
重要事項説明に関してお悩みになる部分があれば、お早めに弁護士までご相談ください。