賃貸物件のエアコンを修理交換する義務は大家にある?
賃貸アパート・賃貸マンションなど賃貸物件に、始めからエアコンが設置されている場合があります。
このエアコンが故障した場合、修理・交換をする義務は、大家(賃貸人)と入居者(賃借人)の、どちらが負担するのでしょうか?
1.大家(賃貸人)の法律上の修繕義務
賃貸借契約における修繕義務を定めているのは、次の条文です。
民法第606条1項
賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責に帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
この条文によると、賃貸人が修繕義務を負う要件は次の3つです。
①賃貸物の修繕であること
②使用及び収益に必要な修繕であること
③その修繕が賃借人の責に帰すべき事由によって生じた場合ではないこと
以下、この3つの要件に沿って説明していきましょう。
2.要件①「賃貸物」の修繕であること
賃貸借契約は、賃主が、賃貸の目的物を借主に使用収益させる義務を負い、借主が対価として賃料を支払う義務を負うという契約です(民法601条)。
賃貸人は、家賃を受け取る代わりに目的物を賃借人に使用収益させる義務があるのですから、目的物に不備があって、使用収益に支障が生じるならば、賃貸人が修繕する義務を負担するのは当然です。
他方で、エアコンが賃貸借契約の目的物でなければ、その故障に対して、賃貸人が修繕する義務を負う理由はありません。
そして、そのエアコンが当該賃貸借契約の目的物か否かは、個別の賃貸借契約の中身次第です。
賃貸借契約書や重要事項説明書に物件の設備としてエアコンが明記されていれば、それは当該賃貸借契約の目的物に含まれています。
しかし、そのような明確な記載がない場合が問題です。
(1) 賃借人が設置したエアコン
賃借人が入居後に、賃借人の費用で購入・設置したエアコンであれば、それは賃貸借契約の目的物となっていないことが通常です。
したがって、それが故障しても、賃貸人は修繕義務を負いません。
(2) 賃貸人が設置したエアコン
賃貸人が購入して建物に設置していたエアコンであれば、それは賃貸借の目的物となっていることが通常です。
従って、それが故障すれば賃貸人が修繕義務を負います。
(3) 残置物のエアコン
残置物とは「以前の入居者が設置して、そのまま残してある物」です。
まず、前の入居者が退去するに際して、エアコンを撤去する代わりに、その所有権を賃貸人に譲渡したという事情があるなら、賃貸人が設置したエアコンと同様に賃貸借の目的物となっていることが通常ですから、賃貸人が修繕義務を負います。
単に入居者がエアコンを放置したまま退去してしまったという場合でも、多くの場合は、エアコンの所有権を無償譲渡したと解釈できるでしょうから同じです。
もっとも、残置物の所有権が賃貸人にあるのかどうかは、それが賃貸借契約の目的物となっているか否かを判断する材料のひとつとなっているに過ぎず、賃貸人に所有権がなければ賃貸借契約の目的物にならないという訳ではありません。
何故なら、仮に残置物の所有権が退去済みの入居者にあったとしても、他人の所有物を貸すことも契約としては有効だからです(民法561条、559条)。
したがって、そもそも賃貸借契約書にエアコン設備付きの物件であることが明記されているならば、残置物であろうとなかろうと、それを使用させることが賃貸人の義務であり、賃貸物にあたりますから、賃貸人に修繕義務があります。
そのような記載がない場合でも、賃貸借契約を結ぶまでの過程で、例えば内見をした際に、エアコン付きの物件として説明を受けた事実があったり、借主募集の公告にエアコン付きと表示してあったりすれば、エアコンを賃貸物とする合意があったと認定できる場合があります。
逆に、例えば、前の入居者から賃貸人に無償譲渡され賃貸人に所有権があるエアコンだとしても、新入居者との契約時に「これは、前の入居者が置いていったエアコンだから、そのまま使ってくれても構いませんが、壊れたときは、自分で修理してください」という説明があり、新入居者がこれに同意していたならば、そのエアコンは賃貸借契約の目的物とはなっていません。
あるいは目的物となっていたとしても、賃貸人が修繕義務を負担しない特約を結んでいたと解釈することもできるでしょう。
3.要件②使用及び収益に必要な修繕であること
次に、エアコンが賃貸物である以上、それが壊れて冷暖房の機能が失われてしまえば、修理することが使用及び収益に必要な修繕であることは明らかです。
ただ問題となるのは、例えば「エアコンから冷風や温風は出るものの、変なニオイがする」などの場合です。
冷暖房という基本的機能が正常であれば、使用収益には支障がないと言えそうですが、「あまりに臭くて使用に耐えない」のであれば、実質的には使用できないとも言えますから、ここは「程度の問題」としか言えません。
理屈としては、「臭くて使えない」場合は修繕を請求できますが、「臭くて使えない」状態が否かは主観的な評価の部分が大きく、これを立証することも難儀ですから、一般的にはこの評価をめぐって法的に争うのはお勧めできません。
賃貸人に立ち会ってもらい、両者で臭いを確認し合った上で話し合うしかないでしょう。
4.要件③修繕が「賃借人の責に帰すべき事由」で生じた場合ではない
民法第606条1項の、【賃貸人は「賃借人の責に帰すべき事由」によって生じた修繕義務を負わない】という文言は、最近の民法改正で加わったものです。
逆に言うと、エアコンの故障が賃貸人に責任がある場合はもちろん、賃貸人と入居者の双方に責任がない場合であっても、賃貸人は修繕義務を負うのです。
賃貸人は家賃を受け取る代わりに、積極的に賃貸物を使用収益させる義務を負っているのですから、家賃をもらう以上はその義務を果たさなくてはならないからです。
賃貸人が損害をかぶることになりますが、これは仕方ありません。第三者に責任があるケースでは、賃貸人は、修理代を第三者に不法行為責任などに基づき損害賠償として請求することで損害を補てんすることになります。
ところで、入居者は賃貸借契約の終了後は、賃貸物を返還する義務があり、それまでは賃貸物の使用にあたって善管注意義務を負っていますから、入居者の責めに帰すべき事由でエアコンが故障した場合は、そもそも契約違反であって、賃貸人は入居者に損害賠償請求が可能です。
そこで、立法論としては、入居者の責めに帰すべき事由がある場合も、賃貸人に修繕義務があるとしたうえで、賃貸人から入居者に対して修理代を損害賠償請求させれば良いと考えることも可能です。
実際、大昔は、この考え方が学説の通説でした(日本が貧しかった時代には、賃借人に修繕義務を負わせても、貧乏で現実には修繕できないので、まず資産家である賃貸人に修理させてしまわないと、賃借人が生活できなくなってしまうという実際上の政策判断がありました)。
しかし、近年では、入居者が原因で故障したのならば端的に入居者に修繕させれば済むことだし、公平であるというのが通説となっていました。
そこで、改正民法では、「入居者の責めに帰すべき事由がある場合は、賃貸人は修繕義務を負わない」と定めたのです。
5.賃借人の自費で修理や交換をしても大丈夫?
さて、賃貸目的物となっているエアコンが故障した場合、賃借人が自費で交換や修理をしてしまっても構わないのでしょうか?
(1) 修理の場合
民法第607条の2
賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。
一号 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
二号 急迫の事情があるとき。
エアコンが賃貸目的物であっても、賃借人の所有物ではありませんから、他人の物を勝手に修理できないことは当然です。
そこで、賃貸人が修理の必要性を知っているのに修理してくれない場合や緊急に修理しないと使用収益ができないときに限って、賃借人による修理を認めているのです。
では、この規定に基づいて修理をした場合の修理代金はどうなるのでしょうか?
次の条文があります。
民法第608条第1項
賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
賃貸人の修繕義務がある場合に賃借人が負担した修理代は「賃貸人の負担に属する必要費」ですから、これにより賃貸人に請求することが可能です。
(2) 交換の場合
ではエアコンが完全に壊れてしまい、修理しても直らない場合に、賃借人が新品に交換することはできるのでしょうか?
この場合も、修理の場合と同様に原則として賃貸人が交換義務を負います(民法第606条1項)。
必要性があっても交換してくれない場合・緊急性がある場合には、賃借人による交換も認められるでしょう。
よって、上記の要件を満たす場合には、賃借人が壊れたエアコンを取り外して、新品を設置することは可能です。
その場合、賃借人が負担した交換代も賃貸人に請求できます。
ただし、壊れたエアコンは賃借人の所有物ではなく、それを処分する権限はありませんから、廃棄してしまうことは許されません。壊れたエアコンはきちんと保管しておきましょう。
また、物件の壁面などを新たに物理的に損壊する工事は、賃貸人の所有物を損壊する契約違反行為ですから許されません。
このように、賃貸人が動いてくれず自分でエアコンを修理・交換をする場合でも、できる限り賃貸人と協議して、その承諾を得ておくことが望ましいでしょう。
6.まとめ
賃貸借契約は数年間続くものです。大家さんとトラブルがあると、例えこちらに非がなくとも、気分良く住み続けることができなくなってしまいます。
トラブルを回避するには、第1に契約前によく契約書を読み、不明点を確認し、契約内容に疑問点を残さないようにすること、第2にエアコンの故障のように問題が生じた場合には早め早めに協議を求めることです。
そして、法的問題は専門家である弁護士に相談し、アドバイスを受けることが大切です。