不動産の現物出資による株式会社設立・増資のポイント
経営者個人が所有する不動産を会社の側で活用したい場合、その不動産を「現物出資」する方法があります。
現物出資は、出資の選択肢を増やすものとして有用ですが、会社法上の注意点がたくさんあるので、実行する前には十分な検討が必要です。
この記事では、株式会社のケースを想定して、不動産の現物出資に関する手続き・メリット・デメリットなどを中心に解説します。
1.現物出資について
(1) 現物出資とは?
現物出資とは、金銭以外の財産を会社に出資することをいいます。
現物出資の対象となる財産の具体例は、以下のとおりです。
- 不動産
- 自動車
- PCなどの備品
- 債権
- 有価証券
- 知的財産権 など
(2) 現物出資のタイミング
現物出資は、会社設立時にも、期中の増資(募集株式の発行)時にも行うことが認められています。
ただし、会社設立時の現物出資は発起人のみ行うことができます(会社法34条1項、63条1項参照)。
2.株式会社設立時の不動産現物出資の手続き
株式会社を設立する段階で不動産の現物出資を行う場合の手続きを、会社法の条文に沿って解説します。
(1) 設立時定款への記載が必須|変態設立事項
株式会社設立時の現物出資については、以下の項目を設立時定款に記載することが必須となります(会社法28条2号)。
- 金銭以外の財産を出資する者(現物出資者)の氏名又は名称
- 現物出資する財産及びその価額
- 現物出資者に割り当てる設立時の発行株式の数
このように、設立時定款に記載することが必須とされている事項を「変態設立事項」と呼んでいます。
(2) 検査役の選任を申し立てる
現物出資の対象となる財産は、そのままでは客観的な価値が明らかでないため、原則として検査役による調査が必要とされています。
発起人は、設立時定款に現物出資に関する記載・記録がある場合、公証人による定款認証の後遅滞なく、検査役の選任を裁判所に申し立てなければなりません(会社法33条1項)。
ただし、以下の場合については、例外的に検査役の選任が不要とされています(同条10項1号、3号)。
- 設立時定款に記載・記録された現物出資の価額の総額が500万円を超えない場合
- 設立時定款に記載・記録された現物出資の価額が相当であることについて、弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士または税理士法人の証明を受けた場合
(3) 検査役・設立時取締役などによる現物出資財産の調査
検査役は、裁判所によって選任された後、対象となる現物出資財産の調査を行います(会社法33条4項)。
なお、検査役や弁護士等による調査が行われない場合には、設立時取締役が、その選任後遅滞なく現物出資財産の調査を行うことが義務付けられています(46条1項1号)。
(4) 現物出資の実行・財産引継書の作成
現物出資財産の調査が完了したら、予定された出資の実行日において現物出資を実行し、不動産の所有権が出資者から会社へ移転します(会社法34条1項本文)。
この際、出資が行われたことが明確になるように、出資者と会社の間で「財産引継書」を作成しておきましょう。
(5) 所有権移転登記手続き
出資が実行されたら、速やかに法務局で所有権移転登記の手続きを行います。
所有権移転登記が完了すると、会社は第三者に対しても不動産の所有権を対抗できるようになります(民法177条)。
これで株式会社設立時の現物出資の手続きは完了です。
3.増資時の不動産現物出資の手続き
次に、株式会社が期中に不動産の現物出資による増資をする際の手続きの流れを見てみましょう。
(1) 株主総会・取締役会による募集事項の決定
株式会社の現物出資による増資は、基本的に「募集株式の発行等」という方式によって行われます。
その第一段階として、まずは募集事項の決定を行います。
募集事項として決定すべき事項は、以下のとおりです(会社法199条1項)。
- 募集株式の数(種類株式発行会社の場合は、募集株式の種類および数)
- 募集株式の払込金額またはその算定方法
- 現物出資である旨ならびに当該財産の内容および価額
- 現物出資の期日または期間
- 増加する資本金および資本準備金に関する事項
募集事項の決定は、原則として株主総会特別決議により行う必要があります(会社法199条2項、309条2項5号)。
ただし、公開会社の場合は例外的に、取締役会決議により募集事項の決定を行います(会社法201条1項)。
(2) 増資時の現物出資にも検査役の選任が原則必要
会社設立時の現物出資と同様、増資時の現物出資に際しても、原則として検査役の選任が必要となります(会社法207条1項)。
ただし、増資時の現物出資の場合にも、以下のケースでは例外的に検査役の選任が不要とされています(同条9項)。
- 募集株式の引受人に割り当てる株式の総数が発行済株式の総数の10分の1以下である場合
- 募集事項で定められた現物出資価額の総額が500万円を超えない場合
- 募集事項で定められた現物出資の価額が相当であることについて、弁護士、弁護士法人、公認会計士、監査法人、税理士または税理士法人の証明を受けた場合
(3) 検査役による現物出資財産の調査
裁判所によって選任された検査役は、増資時においても会社設立時と同様に、現物出資財産の調査を行います(会社法207条4項)。
一方、増資時の現物出資では、取締役による調査義務の規定は設けられていません。
ただし、取締役は後述する補填責任を負う場合があるので注意が必要です。
(4) 現物出資の実行・財産引継書の作成
検査役による調査の完了後、募集事項の定めに従って現物出資を実行します(会社法208条2項)。
その際、財産引継書を作成する必要がある点は、会社設立時の現物出資と同様です。
(5) 所有権移転登記手続き
現物出資が実行された後、会社設立時の現物出資と同様に、不動産の所有権移転登記手続きを行えば、増資時の不動産現物出資は完了です。
4.不動産を現物出資するメリット
不動産の現物出資の活用方法を考えるに当たっては、現物出資にどのようなメリットがあるかを理解しておく必要があります。
不動産現物出資の主なメリットは、以下のとおりです。
(1) 会社にとって必要な営業所などを確保できる
現物出資の本来の目的は、「会社にとって必要な物をすぐに利用可能にする」という点にあります。
もし会社が店舗・工場・オフィスなどを必要としている場合は、経営者が所有している土地や建物などを現物出資することで、円滑に事業を開始できるメリットがあるでしょう。
(2) 金銭が不足していても株式を取得可能
現物出資をする場合、その財産について価額を設定し、その価額に基づいて株式を取得することができます。
特に株主が複数の場合、持ち株比率に応じた出資が必要になりますので、支配権を取得する株主(オーナー)の出資負担が大きくなります。
もし出資に必要な金銭が不足する場合、出資の一部を現物出資とすることで、不足分を補填することが可能です。
(3) 資本金額を増額できる
会社の資本金額は、融資審査などにおいて、会社の信用性を判断するための重要な要素です。
そのため、会社設立後に融資を受けることが見込まれる場合には、ある程度資本金を積んでおくことが望ましいでしょう。
この点、現物出資をすれば、会社の資本金として計上できる金額を増額することができるメリットがあります。
(4) 減価償却による節税効果あり
会社に現物出資された不動産は、耐用年数に応じて減価償却の対象となります。
減価償却費は会社の経費になりますので、純利益の圧縮・法人税の節税に繋がる点もメリットといえるでしょう。
5.不動産を現物出資するデメリット
一方、不動産を現物出資する際には、以下のデメリットに注意が必要です。
(1) 検査役による調査に時間がかかる
すでに解説したように、不動産を現物出資する際には、原則として検査役の選任を裁判所に申し立て、検査役による価値調査のプロセスを経る必要があります。
検査役による調査には数か月の期間がかかるのが一般的であり、機動的な出資の実現は困難です。
特に会社設立の際の現物出資の場合、会社の設立が数か月間遅れてしまうことは、大幅な機会損失となるでしょう。
こうした事態を避けるためには、検査役を選任する必要がない例外規定をうまく活用することが大切です。
(2) 価額が不足する場合は発起人・取締役などが補填
設立時定款や募集事項で定められた出資価額に、実際に現物出資された不動産の価額が著しく不足する場合には、以下の者が不足額を会社に対して支払う必要があります(会社法52条1項、213条1項)。
①会社設立時の現物出資
・発起人
・設立時取締役②増資時の現物出資
・募集株式の引受人の募集に関する職務を行った業務執行取締役
・株主総会または取締役会に対して、現物出資財産の価額決定に関する議案を提出した取締役
なお、弁護士・弁護士法人・公認会計士・監査法人・税理士・税理士法人が、現物出資の価額が相当であることについて証明した場合には、上記の義務者と連帯して、弁護士等も不足額の補填義務を会社に対して負担します(会社法52条3項、213条3項)。
これらの者が会社に対する不足分の補填責任を免れるためには、自らに注意義務違反がなかったことを証明しなければならないので注意しましょう。
なお、検査役の調査を経ている場合には、これらの者の不足額の補填責任は生じません(会社法52条2項1号、213条2項1号)。
6.不動産の現物出資に課される税金について
不動産の現物出資を行う際には、出資者側・会社側にそれぞれ課税が行われますので、事前に課税関係を正確に把握しておきましょう。
(1) 譲渡所得税(出資者側)
出資者側では、不動産の譲渡所得に対する課税が行われます。
この場合の譲渡収入金額は、出資した不動産の時価ではなく、現物出資により法人から取得した株式や出資持分の時価となります。
ただし、現物出資によって法人から取得した株式の時価が、出資した不動産の時価の2分の1未満の場合、出資した不動産の時価が収入金額とみなされ、譲渡所得税の金額が跳ね上がってしまうので十分注意が必要です。
なお、譲渡所得税は、確定申告の際に他の所得と合算されて課税されます(総合課税)。
(2) 登録免許税(会社側)
会社側では、不動産の所有権移転登記を行う際に、登録免許税を納付する必要があります。
登録免許税の金額は、固定資産税評価額の1000分の20です(土地の場合、2023年3月31日までに登記を受ける場合は1000分の15)。
(3) 不動産取得税
さらに会社側には、不動産取得税の課税も行われます。
不動産取得税の金額は、固定資産税評価額を基準として、土地と住宅用家屋については100分の3(2022年3月31日までの措置)、非住宅用家屋については100分の4となります。
なお、会社設立時の法人による現物出資に限っては、不動産取得税が非課税とされています(地方税法73条の7第2号の2)。
7.会社法上の手続きが非常に複雑なので弁護士に相談を
現物出資に関しては、会社(株主)の利益が害されることを防ぐため、会社法上厳格なルールが設けられています。
会社と出資者の間で後にトラブルが発生することを防止するためには、これらの手続きを漏れなく確実に遵守することが大切です。
会社の担当者だけで対応すると、どうしても手続きに漏れが生じてしまいがちです。不安な場合はどうぞ弁護士にご相談ください。