越境物の覚書のポイント・注意点
「お隣の物置が土地の境界線を越えてこちらの土地に越境していたことがわかったけれど、お隣とは良好な関係なので、今すぐどけろと言うつもりはない。でも、このまま黙っていて良いのか?」
そんな場合に検討するべきなのが、お隣と話し合って「越境物の覚書」を作成することです。
この記事では、越境物が存在する場合、土地所有者としてはどのような対処をするべきなのか、特に「越境物の覚書」について解説します。
1.越境物とは?
越境物とは、隣地との土地の境界線を越えて、こちらの所有地にはみ出している物のことです。
冒頭のような物置小屋だけでなく、塀、屋根の庇、出窓、土中の水道管、ガス管、さらには樹木の枝や竹木の根などの例がよく見られます。
例えば、親名義の土地建物を相続した際に改めて土地の測量をしたところ、お隣の所有物が境界線上を越えてこちらの土地上にはみ出していると判明することがあります。
増築などをする際に、土地境界線の目印である境界石をきちんと確認しなかったことが原因となり得るでしょう。
2.越境物に対する対処方法
では、越境物が存在する場合、土地所有者としてはどのような対処をするべきなのでしょうか。
自己の所有地上に他人の所有物がある場合、土地所有者は相手に対して、①その物の撤去を請求すること、または②土地所有者自らがその物を撤去して、その費用を相手に請求すること、のいずれかが認められます。
これを「所有権に基づく妨害排除請求権」と呼びます。
土地の所有権が、他人の物の存在によって侵害されている場合、所有権の完全な実現を回復するために、その排除を要求する権利があるのです。所有権という物権を根拠とするので、「物上請求権」とも呼ばれています。
したがって、冒頭の例にあげたBさんの物置小屋についても、Aさんは、これを取り壊して撤去することを請求できます。
また、隣地のBさんが石材屋さんで、積み上げられた石材が境界線を越えていれば、これをどけてくれと請求できますし、Bさんがこれに応じない場合は、Aさんが自ら便利屋さんを依頼して移動してもらい、その人件費をBさんに請求することも認められます。
あるいは、台風で、Bさん宅の屋根瓦がAさんの土地に落ちてきた場合も同じです。
さらに、Bさん宅の出窓や屋根の庇が境界線を越境した位置にある場合や、Bさん宅への水道管・ガス管が地中で境界線を越境した位置にある場合も同様です。
「土地の所有権は、法令の範囲内において、その土地の上下に及ぶ。」(民法207条)と定められているからです。
もっとも、Bさん宅の庭の樹木が境界線を越境してきた場合には注意が必要です。
詳しくは以下のコラムをご覧ください。
[参考記事] 生垣・植木のトラブル|隣家の生垣・植木が邪魔な場合の対処法3.越境物の覚書について
(1) 越境物の覚書とは?
さて、お隣同士の関係をスムーズに運ぶためには、越境物があるからと言って、何でも直ちに撤去を要求することがベストであるとは言えません。
越境物が発見された場合、その事実を確認し、現状の変更は求めないものの、将来的には是正することを約束してもらうことが現実的な対処というケースは珍しくありません。
そこで、このような解決について合意したことの証拠とするために作成する書面が、「越境物の覚書」です。
今の時点で撤去を要求しないのであれば、格別、覚書など作らず、放置しておいても構わないのではないか?と思う方もいるでしょう。
しかし、越境物の存在が判明したら、放置することはお勧めできません。何故なら、そのままにしておくと、越境物が占有している部分の土地をお隣に時効取得されてしまい、その部分の所有権を失ってしまう場合があるからです。
他人の所有地であっても、平穏公然に20年間これを占有し続けたとき(占有を開始した時点で自分の土地と無過失で誤信した場合は10年間)は、その占有された土地部分の所有権は占有していた者が取得し、本来の所有者は所有権を失います。
これが長年継続した事実状態を尊重する取得時効制度です(民法162条)。
取得時効の完成にストップをかける方法には、訴訟の提起など複数のものがありますが、もっとも簡便なのは、占有者の「承認」を得ることです。
承認とは、取得時効によって権利を得る立場にある者が、権利を失う立場にある者の権利の存在を認識している事実を表示することです。承認があれば、取得時効の進行は、そこでストップし、その時点から改めて時効の進行は、カウントのやり直しとなります。これを時効の更新と呼びます(民法152条)。
越境物の覚書を作成して、越境の事実を確認することは、まさに承認に該当し、取得時効の完成を阻止することができるのです。
ただ、再度20年が経過すれば取得時効されてしまいますので、20年ごとに越境物の覚書を作成して、越境の事実を確認するなどの「承認」を得ることが必要となります。
(2) 越境物の覚書に記載するべき事項
越境物の覚書に記載するべき事項は次のとおりです。
- 越境物が境界線を越境している事実
- 越境の事実を双方の土地所有者が確認したこと
- 越境物の所有者
- 越境物の所有者は、建て替え時など、将来の一定時点に撤去や移動をすること
- 越境された土地の所有者は、④の時期まで越境物の撤去を猶予すること
- 双方とも、土地を第三者に譲渡する場合は、新所有者に当該覚書の内容を引き継がせること
(3) 越境物の覚書の効力
越境物の覚書は、当事者同士の一種の「契約」です。例えば、越境物の所有者が建て替え時に撤去すること、反面、越境された土地の所有者は、それまで撤去請求を猶予することを双方が合意すれば、この約定に従う債権債務が双方に発生します。
ただし、あくまでも覚書を作成した当事者同士の債権債務ですから、これらの土地が第三者に譲渡された場合の新所有者が当然に、この覚書の内容に拘束されるわけではありません。
この点、上記のように、双方とも土地を第三者に譲渡する場合は、新所有者に当該覚書の内容を引き継がせることを約束する条項を定めることが多く、土地を譲渡する者が、新所有者に承継させる義務はあるものの、新所有者がこの義務を承継するか否かは、新所有者が同意するか否かにかかってきます。
旧所有者が、この覚書上の義務の承継が土地譲渡の条件であるとして、新所有者が、この義務を引き継ぐ旨を土地の売買契約書に明記するなり、別途、新所有者との間に合意書を交わしてくれれば良いですが、そうでない限り、新所有者にこの覚書の約束を引き継がせるためには、改めて新所有者との間に覚書での合意を結ぶ必要があります。
なお、覚書きに取得時効を更新する効力もあることは前述したとおりです。
4.覚書のひな形
最後に、越境物の覚書に記載する条項の文例を御紹介します。
5.まとめ
上の文例は、典型的なケースを想定していますが、越境物の覚書に記載するべき事項は、事案に応じて様々です。
遺漏のない覚書を作成して将来に備えるためには、不動産をめぐる法律の専門家である弁護士に相談されることをお勧めします。