不動産売買契約後に売主が死亡したら、そのまま不動産を購入できる?
不動産の売買契約を締結した後、思いがけず売主が死亡してしまった場合、買主は「このまま不動産を購入できるのだろうか」と不安になってしまうことでしょう。
売主死亡時における不動産売買契約の取り扱いは、民法の規定に従います。
売主死亡後の売買契約の有効性や、所有権移転の手続きなどについて、正確な理解を持っておきましょう。
この記事では、不動産の売買契約締結後に売主が死亡した場合における、売買契約の有効性をはじめとした法律上の取り扱いを解説します。
1.売主が死亡した場合の不動産売買契約
まずは、不動産売買契約の売主が死亡した場合、契約が法律上どのように取り扱われるのかについて、基本的なポイントを解説します。
(1) 締結済みであれば売買契約は有効
不動産売買契約が締結された場合、その段階で売主・買主間に権利義務が発生します。
この権利義務は、仮に一方の当事者が死亡したとしても、契約が存続する限り継続します。
不動産売買契約については、契約で特に定めがある場合を除き、売主の死亡によって契約が終了することにはなっていません。
そのため、契約書に両当事者が署名・押印した後に売主が死亡したとしても、不動産売買契約は有効に存続します。
(2) 売主たる地位は相続人へ包括承継される
不動産売買契約における売主たる地位は、売主死亡後はその相続人に包括承継されます。
相続の対象は、相続開始時(死亡時)に売主が有する一切の権利義務とされており(民法896条)、不動産売買契約における売主たる地位も、相続の対象となる権利義務に含まれるからです。
したがって、死亡した売主に代わりその相続人が、不動産売買契約に基づく義務を履行しなければなりません。
買主は、売主の権利義務を承継した相続人に対して、不動産売買契約に従い、不動産を売り渡すように請求できます。
【相続人の一存で売買契約を取り消すことは、原則として認められない】
不動産売買契約上の売主の権利義務を承継した相続人は、買主と対等な当事者同士の関係に立ちます。
原則として、契約を取り消す(解約する)ためには、当事者双方による合意が必要です。したがって、たとえ売主が死亡したという事情があったとしても、一方当事者である売主の相続人が、独断で不動産売買契約を取り消す(解約する)ことは原則として認められません。
2.売主死亡後、不動産の決済が中止されるケース
ただし、以下のいずれかに該当する場合には、不動産の決済が中止されてしまう可能性があります。
買主としては、不動産の決済中止の原因となる事実が発生していないか、契約書の内容をよく確認しましょう。
(1) 売買実行前提条件を満たさなかった場合
不動産売買契約では、一定の条件を満たしてはじめて、売買の決済を行う旨の規定が定められることがあります。
これを「売買実行前提条件」といいます。
買主側で満たすべき売買実行前提条件が満たされていない場合、売主は決済を行う義務を負わなくなるので注意が必要です。
なお、売主側で満たすべき売買実行前提条件については、仮に満たされていないとしても、買主の判断で免除することができます。
売買実行前提条件を免除してよいかどうかについては、法的なリスク分析を踏まえて判断する必要がありますので、弁護士にご相談ください。
(2) 契約上の終了事由・解除事由に該当した場合
不動産売買契約における終了事由に該当した場合、その時点で契約が終了してしまいます。
また、買主が契約上の解除事由に抵触した場合には、売主の相続人から不動産売買契約を解除されてしまうおそれがあるので要注意です。
特に、売主の死亡が契約終了事由に掲げられていないかどうかは、契約書の規定を必ず確認しましょう。
(4) 手付解除が認められる場合
不動産売買契約を締結する際、買主が売主に対して「手付」(民法557条1項)を交付する場合があります。
手付は、売買契約の前払い金であると同時に、当事者が売買にコミットする証として授受される金銭という性質も有します。
買主から売主に対して手付が交付された場合、特に契約上別段の定めがない限り「解約手付」であると推定されます。
つまり、売主・買主は相手方が契約の履行に着手する前であれば、以下の通り手付金を返還・放棄することにより、売買契約を一方的に解約することが認められるのです。
- 売主:手付の倍額を買主に提供する
- 買主:手付の全額を放棄する
仮に手付の授受が行われていて、売主の相続人が売買の中止を希望する場合、手付の倍額を買主に提供することで、売買契約がキャンセルすることができてしまいます。
買主としては、不動産売買契約の中で手付に関する規定がないかを確認したうえで、手付解除が認められる要件を整理しておきましょう。
3.売主死亡後の所有権移転の手続き
なお、不動産売買契約の売主が死亡した場合、買主へ不動産の所有権が移転されるまでのステップが増えるため、手続きの工程も複雑になります。
以下では、売主死亡後に不動産を決済する場合における、所有権移転の手続きをステップに分けて解説します。
(1) 不動産が相続人全員の共有となる
売主の死亡による相続開始をもって、売主の所有物である未決済の不動産は、相続人へ包括承継されます。
仮に相続人が複数いる場合には、特に遺言などでの指定がない限り、未決済の不動産は相続人全員の共有となります(民法898条)。
それと同時に、不動産売買契約上の売主たる地位についても、相続人全員へ包括承継されます。
したがって、売主の相続人全員が共同して、買主に対して不動産を売り渡す義務を負うことになるのです。
(2) 決済と同時に買主へ所有権が移転する
不動産の売買代金の支払いと、相続人全員から買主への所有権の移転は「同時履行」の関係に立ちます(民法533条)。
したがって、売買代金を支払ったのと同時に、不動産の所有権が売主の相続人全員から買主へと移転します。
(3) 所有権移転登記を行う
不動産の決済が完了したら、買主が不動産の所有権について第三者対抗要件を備えるため、所有権移転登記手続きを行う必要があります。
[参考記事] 所有権移転仮登記とは?売主が生存しているケースでは、単純に売主から買主への所有権移転登記手続きを行えば足ります。
これに対して、売主が死亡しているケースでは、「売主→売主の相続人→買主」という形で不動産の所有権が移転するので、登記もその流れに合わせることが必要です。
つまり「売主から売主の相続人に対する相続登記」と、「売主の相続人から買主に対する所有権移転登記」の両方の手続きを行う必要があります。
上記2つの手続きは、1回の登記申請で同時に行うことができます。
しかし、「売主→買主」のケースに比べると準備すべき必要書類が増える点に注意が必要です。
4.まとめ
不動産売買契約の売主が死亡した場合でも、買主は原則として、売買契約に定められたとおりに不動産を購入することができます。
ただし、売買契約上の終了事由や解除事由、さらには手付解除などにより、不動産の決済が中止されてしまう事態も生じ得ることに注意が必要です。
売主死亡後に、不動産売買契約がどのように取り扱われるかについては、民法に加えて契約上の規定を確認しながら検討する必要があります。
もし契約上の取り扱いに不明な点がある場合には、お早めに弁護士までご相談ください。