マンション・アパートの騒音に関する大家の責任
アパートやマンションなどの賃貸物件を経営していると、物件を借りた人から苦情を受けることがあります。
特に多いのが騒音にまつわる苦情です。
「隣の住民がうるさい」「上の階の人の足音が聞こえる」などの苦情や相談を受けた大家の方は多いのではないでしょうか?
同じ屋根の下に住む以上、ある程度の騒音は仕方のないことです。
しかし、過去には騒音が問題で大家に損害賠償請求をする訴訟にまで発展した事例もあります。
「たかが騒音」と考えて苦情を放置していると、大きな問題に発展する可能性があるのです。
この記事では、大家側の騒音の責任について解説していきます。
なお、騒音被害に悩んでいる賃借人(実際に住んでいる方)の対処法については、以下のコラムで解説しています。
[参考記事] マンション隣室の騒音被害|注意しても改善しない場合の対処法1.騒音問題の責任
(1) 大家側が負う責任とは
結論を言えば、大家には騒音被害を防止する責任があります。
貸主(大家)は賃料を受け取る対価として、目的物(この場合は賃貸物件)を、賃借人が目的に沿うような形で使用収益できるように保つ義務を負っています。
この義務を怠った場合、騒音を出している人だけでなく「大家が適切に対処しなかったために騒音で病気になった」などとして、大家にも損害賠償を請求される可能性があります。
(2) 実際に損害賠償を起こされた事例
では、賃借人等が「騒音被害の責任は大家にもある」として訴訟を提起したケースを少し紹介します。
事例A:ライブハウスとして物件を貸していた事例
マンションの一室をライブハウスとして賃貸していた大家が、同じマンションの入居者(別の大家から同じマンションの一室を賃借していた賃借人)から訴えられた例です。
上の階には飲食店が入居しており、騒音と振動で損害を受けたとして、騒音の発生源であるライブハウスだけでなく大家にも損害賠償を求めました。
そして裁判所は、問題のライブハウスだけでなく大家にも賠償責任を認めました。(東京地裁平成17年12月14日判決)
事例B:市営賃貸住宅の事例
某市の経営する賃貸住宅に入居した人が、入居直後から上の階の住人による騒音被害と暴行脅迫を受けていた事例です。
加害者は他者の生活音に過剰な反応を示していました。
生活音を発生させた住民への怒鳴り込みを繰り返し、仕返しとして自室内で日常的に騒音を発生させるなどしていました。
被害者は市に実情を訴えて対処を求め、市の職員が加害者を説得しましたが、加害者は応じませんでした。市としては義務を尽くしたと判断し、その後の対策は行いませんでした。
この件において裁判所は、市が円満に使用収益できる状態にない物件を被害者へ引き渡したことを、市の債務不履行に当たると判断しました。
さらに、市が加害者への説得しか行わず、賃貸借契約を解除するなどしなかったことも債務不履行に当たるとして、市の責任を認めました。(大阪地裁平成元年4月13日判決)
事例C:損害賠償が認められなかった事例
上記2例は損害賠償請求が認められましたが、認められなかった事例も1つご紹介します。
マンションの隣室に引っ越してきた入居者がベランダで大声を出すなどして騒ぎ、様子を見に顔を出した人(後の原告)を怒鳴りつけました。
それ以来連日大音量で音楽を鳴らす、壁を蹴るなどの嫌がらせを続けるようになりました。
被害を受けた人が大家を訴えましたが、これに対して裁判所は以下のように述べています。(東京地裁平成24年3月26日判決)
- 大家が苦情の申し入れに対して事実関係の調査をしなかったと言うことはできない
- 大家は加害者の迷惑行為が受忍限度を超えるものと認識していなかった
- 大家は受忍限度を超える迷惑行為の存在を立証する証拠を獲得できていなかった
- 大家が加害者に対して賃貸借契約解除を視野に入れて退去を要請することなく口頭での注意を繰り返しており、賃貸人としての義務違反などがあったとは言えない
2.損害賠償が認められるケースとは?
上記の事例BとCの場合、どちらも騒音の発生源に賃貸人が注意を行っています。しかし、真逆の結果がでてしまいました。
何故このような差が生まれたのでしょうか?
Bの場合は、問題の入居者が迷惑行為をする人物であることを、大家である某市が事前に容易に知り得たという事情がありました。
また、入居者が受忍限度を超える迷惑行為を繰り返していることを大家が認識しており、それを理由に賃貸借契約を解除することもできたという事情もありました。
これに対してCの場合は、問題の人物が入居したのは迷惑行為を受けた人の「後」だったという違いがあります。
さらに、大家が原告から苦情の電話を受ける度に、問題の入居者へ口頭で注意をしており、その注意にある程度の効果があったと思われる状態でした。
これに加えて、大家が苦情の申し入れについて事実関係を調査しなかったとも言えない状態であり、迷惑行為が受忍限度を超えるものであることを認識していない状態でもありました。
以上のことなどから、Bの場合とは異なる判断となったのでしょう。
3.大家としての責任で出来る対処法
上記の例から分かるように、騒音の苦情には真剣に対応しなければなりません。
では、具体的にどういった対応をすればいいのでしょうか?
(1) 騒音の調査
騒音被害の難しいところは、人によって何を騒音と感じるかが違う点です。
単に騒音に過敏な人が闇雲に苦情を申し立てている可能性もゼロではないため、受忍限度を超えるような騒音なのか、それとも単なる生活音なのかを確認した方がいいでしょう。
騒音を録音して、音の大きさも騒音測定アプリなどを使って計測し、記録として残しておくことをおすすめします。
また、騒音の発生日や録音日、苦情を受けた日なども記録しておくと、後々役に立ちます。
(2) 騒音発生者への注意喚起
騒音の発生者が分からない場合は、建物の前やエントランスなどの人目につくところに貼り紙をするなどの対応から開始します。
発生者が判明した場合は、その人物に口頭や書面で注意します。
1回の注意で騒音が止めば問題ありませんが、騒音が繰り返される場合は継続して注意喚起をする必要があります。
この場合も、注意喚起した日時や内容を記録しておきましょう。
(3) 賃貸借契約の解除を検討
何度注意をしても騒音が続く場合は、契約の解除も視野に入れなければなりません。
しかし貸主から貸借契約を解除するには、借主側に「貸主との信頼関係が破壊されたと言える程度の債務不履行」が必要となります。
長期間の家賃滞納や、賃貸物件の利用目的違反、公序良俗違反にあたる利用などがこれに該当します。
多くの賃貸借契約書には騒音等の迷惑行為を禁止する規定が盛り込まれているはずです。
契約内容に違反した行動を入居者が行っており、何度注意しても改善しないようであれば、それを理由として契約を解除できるかもしれません。
本格的に契約解除を検討する場合は、早い段階で弁護士に相談しておきましょう。
どういったことが「信頼関係の破壊」に該当するのか教えてくれますし、それに基づいて契約の解除ができるのかを判断してくれます。
なお、弁護士に相談した日付や相談内容も忘れずにメモしておきましょう。
4.借主に訴えられたら
「大家が騒音を放置したせいで損害を受けた!賠償しろ!」と、借主から訴えられたとします。
最後に、その場合に行うべきことを考えていきましょう。
(1) 弁護士に相談
一般の方が自力で裁判を戦い抜くのは不可能です。まずは急いで弁護士へ相談してください。
弁護士に事情を説明して、裁判への対策を一緒に考えてもらいましょう。
不動産問題に詳しい弁護士、なおかつ裁判に強い弁護士を選ぶことがお勧めです。
(2) これまでの記録を活用する
裁判で活きてくるのが、騒音への対応をまとめておいた数々の記録です。
前章の内容を実行している大家の手元には、以下の記録が残っているはずです。
- 苦情を受けた日と苦情の内容
- 騒音調査の結果(日付、騒音の内容、騒音の音量など)
- 騒音を防止するために行った対策(注意喚起の内容や日付など)
- 契約解除を検討して弁護士に相談した日付や相談内容
これらを裁判で利用できれば、「騒音を放置していた」と裁判所に判断される可能性を低くできます。
継続して騒音防止の対策を取っていたことを立証できるようにしておきましょう。
また、騒音調査をした結果、受忍限度を超える騒音がなかったことが証明できれば、そもそも騒音被害が存在していないと裁判所に認めてもらえるかもしれません。
いずれにせよ、普段から入居者の苦情に誠実な対応を行い、対応した記録を残すことで、万が一訴えられても裁判を有利に進められる可能性を高めることができます。
5.騒音問題は放置せず真摯な対応をすることが大切
大家には騒音被害に対応する義務があり、これを怠ると損害賠償請求の訴訟を起こされる可能性があります。
「たかが騒音」と軽く考えず、騒音の苦情には真剣に向き合い、苦情への対応に関する記録を残しておきましょう。
もし騒音を放置して裁判を起こされたとしても、一人で悩まずに弁護士にご相談ください。
弁護士が事情を詳しくヒアリングして、損害を最小限に食い止めるために全力を尽くします。