入居者が有罪・前科持ちの場合、賃貸借契約は解除可能?
建物のオーナーとしては、治安維持などの目的で、入居者の人柄などを重視するケースも多いでしょう。
それでは、入居者が何らかの形で犯罪に関わっていたことが明らかになった場合、賃貸借契約を解除して退去を求めることはできるのでしょうか。
ひと口に「犯罪に関わっていた」といっても、逮捕された段階・有罪判決が確定した段階・前科がある場合など、その事情はさまざまです。
具体的な事情によって、賃貸借契約解除の可否についての結論が変わり得るので、不安やわからないことがある場合には、弁護士に相談して対応しましょう。
この記事では、入居者が逮捕された・有罪になった・前科持ちなどの場合において、賃貸借契約の解除が可能かどうかについて解説します。
1.賃貸借契約の解除に関する基本的な考え方
入居者が犯罪に関わっていた場合における賃貸借契約解除の可否を検討する前提として、まずは賃貸借契約が解除できる場合に関する基本的な考え方を理解しておきましょう。
(1) 解除には「信頼関係の破壊」が必要
賃借人にとっては、賃貸物件は生活や事業の拠点としてきわめて重要な位置づけを占めています。
そのため、賃貸人による契約更新拒絶には正当事由が必要とされているなど(借地借家法28条)、建物賃貸借契約の賃借人は、法律上非常に厚く保護されています。
さらに賃借人保護の一環として、判例法理によって、賃貸人が建物賃貸借契約を解除するには「信頼関係の破壊」が必要とされています。
仮に賃貸借契約上の解除事由に該当する場合であっても、賃貸人と賃借人の間で「信頼関係が破壊された」と評価するに足る事情が認められない限り、賃貸人による建物賃貸借契約の解除は認められません。
このように、賃貸人が建物賃貸借契約を解除できるかどうかについては、「信頼関係の破壊」の有無がポイントになるものと理解しておきましょう。
(2) 信頼関係の破壊が認められる場合の例
賃借人の責めに帰すべき事由により、賃貸人と賃借人の間の信頼関係が破壊されたと認められる場合の具体例は、以下のとおりです。
- 家賃を3~4か月以上滞納した場合
- 賃貸人に無断で、賃貸物件を第三者に転貸した場合
- 賃貸人に無断で、賃貸物件に増改築を加えた場合
- 賃貸借契約に定められる用法に対する重大な違反があった場合
- 賃貸物件を故意または重大な過失により損壊した場合
賃借人が犯罪に関与していたケースも、上記に挙げた例に準じて「信頼関係が破壊された」と評価できる場合がありますので、次の項目で具体的に検討してみましょう。
2.逮捕・有罪判決・前科の場合の賃貸借契約解除の可否
賃借人が犯罪に関与していた場合、その具体的な事情や段階によって、賃貸人との間の信頼関係が破壊されたと評価できるかどうかは変わってきます。
以下では5つのケースについて、信頼関係の破壊の有無を検討してみましょう。
(1) 入居者が逮捕された場合
入居者がまだ逮捕されただけに過ぎない場合には、未だ信頼関係が破壊されたとはいえないと判断される可能性が高いでしょう。
そもそも逮捕は、最大72時間という短期間限定の身柄拘束処分です(刑事訴訟法205条2項)。
また、いわゆる「推定無罪」の原則からもわかるように、逮捕されたからといって、必ずしも犯罪に加担したことが確定したわけではありません。
このような理由から、入居者が逮捕されたに過ぎない段階では、賃貸人が賃貸借契約を解除するのは早計であり、その後の捜査などの進展状況を見守る必要があるでしょう。
(2) 入居者が有罪判決を受けた場合
刑事裁判を経て、入居者に対して有罪判決が言い渡された場合でも、依然として信頼関係が破壊されたとは認められない可能性があります。
刑事裁判の判決に対しては、控訴や上告という不服申し立てが認められているので、判決が確定するまでは、罪が確定することはないからです。
また、有罪判決の内容が罰金や科料などの比較的軽微なものである場合には、やはり信頼関係が破壊されたと評価できるだけの材料は不足していると考えられます。
ただし、有罪判決に先立って長期間の身柄拘束が先行している場合には、信頼関係の破壊が認められる可能性もあります。この点は(4)で解説します。
(3) 入居者の有罪判決が確定して収監された場合
刑事裁判で入居者の懲役または禁錮の実刑判決が確定し、実際に刑務所に収監された場合には、信頼関係が破壊されたとして、賃貸借契約を解除できる可能性があります。
例えば、殺人・強盗などの罪で収監されたのなら、他の入居者の生命・財産の保護という観点からも、賃貸借契約の解除が認められる可能性が高いです。
また、大麻や覚せい剤などの薬物犯罪や、有罪判決を通じて暴力団関係者であることが発覚した場合などは、そもそも賃貸借契約上の解除事由にあたることが多く、他の入居者への危険も大きいため、解除できる可能性が高いです。
交通事故(過失運転致死傷罪等)などそれ以外の罪では、それ自体で信頼関係が破壊されたとは言い難いことが通常ですが、入居者が刑務所に収監されると賃料の支払いが滞る可能性があり、実際に賃料の不払いが起きた場合には信頼関係が破壊されたと評価されるでしょう。
(家族などが賃料の支払いを継続できるならばこの限りではありません。)
なお、契約上の解除事由にあたる場合を除いて、まずは合意解除(解約)の交渉を行い、それが不成立ならば賃料不払いとして実際に契約を解除されることが通常です。
賃貸借契約解除後の建物明渡しについては、収監されている入居者本人が対応することはできないので、主に以下のいずれかの方法によって行う必要があります。
- 入居者の承諾の下、賃貸人自身で鍵業者・荷物搬出業者・倉庫業者などを手配して明渡しを実行する
- 入居者の親類などに明渡し作業を行ってもらう
- 建物明渡請求訴訟を提起し、強制執行手続きとして明渡しを実行する
(4) 入居者の勾留が長期間に及んでいる場合
刑事事件の捜査・公判手続きの状況によっては、入居者の有罪判決が確定していないとしても、勾留による身柄拘束が相当長期間に及ぶ可能性があります。
この場合、賃貸人の立場から見て、実質的には入居者が刑務所に収監されている状況と変わりがありません。
つまり、入居者とコミュニケーションを取ることが困難であるうえに、収入が途絶えることで賃料不払いのリスクもどんどん高くなり、賃貸人にとってのデメリット・リスクがあまりにも大きいといえます。
そのため、入居者の身柄拘束が長期間に及んだ場合には、賃貸人と入居者の間の信頼関係は破壊されたと評価される可能性があります。
ただし、入居者から親類などを通じて賃貸人に継続的な連絡が入り、かつ賃料の支払いも期日どおりに行われているなどの事情があれば、例外的に信頼関係の破壊が認められないことも考えられます。
このあたりは、個別の事情を考慮したうえでの判断が必要になる部分です。
(5) 入居者の前科が入居後に判明した場合
入居者に前科があるということは、過去に有罪判決を受けたことを意味しており、入居者の人柄などを気にする賃貸人にとっては懸念されるポイントでしょう。
しかし結論としては、入居者に前科があることを理由として、賃貸人が賃貸借契約を解除することは困難と言わざるを得ません。
前科があるとはいえ、入居者は刑事手続きによる制裁をすでに受けており、現在は社会復帰することを許された立場にあります。
また、単に前科があるだけでは、現状賃貸人や隣接する住民などに具体的な迷惑をかけているわけではないので、信頼関係を破壊するに足る事情と評価するには弱いと考えられます。
したがって、前科があることだけを理由として、賃貸人が賃貸借契約を解除することは避けるべきでしょう。
3.賃貸借契約解除の可否については事前に弁護士に相談を
入居者が犯罪に関与していたことが分かったとしても、賃貸人がご自身の判断で賃貸借契約を解除すると、後に入居者との間でトラブルに発展する可能性が否定できません。
そのため、入居者の犯罪への関与を理由として賃貸借契約を解除しようとする場合には、事前に弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。
弁護士は、賃貸借契約の解除に関する法律上の要件を踏まえて、賃貸人による解除の可否について適切なアドバイスを差し上げます。
また、賃貸借契約解除後の明渡しの方法・手続きについてもサポートすることが可能です。
賃貸物件の入居者が犯罪に関与していることが判明した場合には、お早めに弁護士へご相談ください。