認知症の不動産売買について
不動産売買で契約を締結する際には、民法上意思能力が必要になり、意思能力がない人が行った契約に対しては無効主張が認められます。
では、認知症の方が行った契約はどうなるのでしょうか?
ここでは、認知症を患った方に不動産売買ができるのか、どうすれば売買できるのかについて考えてみたいと思います。
1.認知症になった売り主に不動産売買はできる?
認知症になった方でも不動産の売買契約はできます。
意思能力を欠いた者の売買契約は無効ですが、売買契約が無効であると主張する者が誰もいなければ、事実上何も問題は生じないからです。
したがって、「認知症になった不動産の売り主は、無効とされる余地のない不動産売買ができるのか?」が正しい問題設定です。
(1) 意思能力とは
民法には、意思能力について次の規定があります。
民法3条の2
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
「法律行為」とは、契約など、当事者の意思に基づく行動で、法律がその意思に沿った法的効果を与えるものを指します。
近代市民法では、本人がその意思によって欲したからこそこれに対応する法的効果を認めるという「私的自治原則」があるので、本人が自己の行動の法的結果を認識できない場合は法的効果を認めることはできないのです。
したがって意思能力とは、自分の行為の「法的結果」を正しく認識し、これに基づいて正しく意思決定をする精神能力を指します。
※脳性麻痺などによる知的障害者の締結した金銭消費貸借・根抵当権設定契約の有効性が争われた事案に関し、意思能力の欠如による各契約の無効を認めた裁判例(東京地方裁判所平成17年9月29日判決・判例タイムズ1203号173頁)。
(2) 認知症患者に意思能力はあるのか
では、認知症を患っている人に意思能力があるのでしょうか?
同じく認知症と言っても、その症状の程度には差があります。また、同じく売買契約といっても、500円のケーキを購入する契約と、3000万円の不動産を購入する契約とを同列に置いて評価することはできません。
したがって、①認知症の程度によっても異なりますし、②同程度の認知症であっても「意思能力があるかどうかは、問題となる個々の法律行為ごとにその難易、重大性なども考慮して、行為の結果を正しく認識できていたかどうかということを中心に判断されるべきもの」と言えます(前記東京地裁平成17年9月29日判決)。
このとき気を付けなければならないのは、意思能力の有無は医師が判定するものではないということです。医学的見地を参考にしつつも、最終的には裁判所がその有無を判断する法律的な評価なのです。
したがって、医師による認知症が軽度である旨の診断書を取得しておいたからといって必ず意思能力があると認められるわけではありません。
例えば、ご家族が認知症を患っているがその所有地を売却する必要があるという場合、他のご家族は、後に意思能力の欠如を理由として売買が無効となってしまわないか不安があると思います。
通常、買主には、売主の意思無能力を理由に売買契約の無効を主張するメリットはありません。
しかし、売買契約後に売主が死亡し相続が発生した際、不動産の売却を主導した相続人以外の相続人から被相続人の意思無能力を理由とした売買契約の無効主張がなされるのは珍しいことではなく、むしろ相続争いに取引相手まで巻き込まれる典型的なケースです。
売主の家族としては、本人の認知症について、医師の診断書をもらっておくだけで安心することは到底できませんので、後に無効とされないよう、後述の「成年後見制度」を利用することを検討するべきでしょう。
2.認知症患者の不動売買に必要な成年後見制度
成年後見制度とは、認知症や知的障害などによって判断能力を欠いた状態にある方を、家庭裁判所により選任された成年後見人等が代理するなどして保護、支援する制度です。
この制度の目的は、本人が判断能力の不十分な状態で取引行為を行って損害を被ることを防止し、本人を保護するという点だけではありません。
判断能力の不十分な者との取引は、意思無能力を理由に無効とされてしまう可能性があるので、リスクを恐れて買い手がつきません。
そこで、成年後見人が代理人として取引をすることなどにより取引が無効となるリスクを払拭することで、買い手も安心して取引に応ずることができるようになり、ひいては判断能力の不十分な者も経済取引に参加できるようになるのです。
成年後見制度には、法定後見制度と任意後見制度の2種類がありますが、任意後見制度は、認知症など判断能力が低下する前に予め本人を代理する後見人と代理する内容を定めておく制度です。
認知症など判断能力が低下した後には、法定後見制度を利用します。
3.不動産売買にも使える法定後見制度の概要
次に、法定後見制度について詳しく見ていくことにしましょう。
(1) 法定後見は3種類
法定後見制度は、判断能力の程度によって「後見人」「保佐人」「補助人」のうちいずれかを家庭裁判所が選任します。
- 後見:判断能力なし
- 補佐:判断能力が著しく不十分
- 補助:判断能力が不十分
(2) 法定後見の権限
最も判断能力が劣る成年被後見人をサポートする成年後見人が、最も多くの権限を有することになります。
後見人 | 代理権:あり 同意権:なし 取消権:あり |
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保佐人 | 代理権:家庭裁判所が付与した範囲であり 同意権:民法13条1項に挙げられた行為についてあり。また、裁判所の審判により民法13条1項に挙げられた行為以外の行為についても同意権を付与することが可能。 取消権:民法13条1項に挙げられた行為についてあり |
補助人 | 代理権:家庭裁判所が付与した範囲であり 同意権:民法13条1項のうち家庭裁判所が認めた行為についてあり 取消権:民法13条1項のうち家庭裁判所が認めた行為についてあり |
(3) 後見人・保佐人・補助人の要件
以下いずれかに該当すると、後見を受ける人の財産管理などを行うにふさわしくない人となり、後見人になることはできません。
※これらに該当しなければ、誰でも後見人・保佐人・補助人となることは可能です。
- 未成年者
- 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
- 破産者
- 被後見人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族
- 行方の知れない者
法定後見人候補者は後見の申し立て時に提示することができ、通常は提示された家族が就任しますが、誰が適切かについて親族間で争いがある場合には、弁護士や司法書士・社会福祉士などの専門家が選ばれます。
4.後見制度による不動産売買
では、法定後見制度を利用して、成年後見人がどのように不動産売買をするのかをご説明します。
(1) 後見制度開始の審判申し立て
まずは、本人の住所地を管轄する家庭裁判所に所定の必要書類を提出し、後見等開始申立を行います。
なお、申立に必要な書類は家庭裁判所のサイトからダウンロードすることも可能です。
申し立てを行うことができるのは、本人のほか、本人の配偶者、本人の4親等内の親族、検察官などになります。
申立てが受理されることで審判が開始し、家庭裁判所の参与員や調査官により、申立人、本人、後見人の候補者に対して事情聴取が行われ、必要があれば医師による鑑定がなされます。
(2) 法定後見人の選定
申立てから2ヶ月程度で審判が確定し、成年後見人等が選任され、成年後見が開始されます。
家庭裁判所が行う法定後見の登記が済めば、登記事項証明書を取引の相手方に示すことによって代理行為が可能となり、成年後見人として不動産取引を行うことができるようになります。
(3) 不動産会社との媒介契約と不動産の売り出し
成年後見人は、認知症である売主を代理して不動産の売却を依頼する不動産会社を探し、媒介契約を結びます。もちろん買主候補が決まっていれば直接取引も可能です。
このとき、相場より極端に安い価格で売り出すと本人への不利益となり、善管注意義務違反行為として裁判所に解任される理由となり、後任の後見人から本人への損害賠償を請求される可能性があります(民法644条、869条、876条の5、876条の10)。
保佐人・補助人は、家庭裁判所の代理権付与の審判を経て代理人として売却します。
(4) 居住用不動産の売却には裁判所の許可を要する
本人が居住する不動産や将来居住する予定がある不動産を売却する場合は、家庭裁判所の許可が必要になります。
これには、「居住用不動産処分の許可の申し立て」を家庭裁判所に行わなければなりません。
申立ては、申立書の他に、次の書類を添付して行います。
- 不動産の全部事項証明書
- 不動産売買契約書の案
- 固定資産評価証明書
- 不動産業者作成の査定書
申立てにより裁判所が審理を行い、本人のために必要性があると判断されれば売却が許可されます。
一方、家庭裁判所の許可のない不動産売買契約は無効になってしまいます。
(5) 買主との売買契約締結
以上の手続きを経て買主との売買契約を締結することができます。
売買契約は、法定代理人となる後見人が本人を代理して、契約書に署名、押印します。
成年後見人等を司法書士や弁護士に依頼すると、申し立ての手続きなどを一任できるほか、契約書の不備などを防止できます。
5.不動産の売り主が認知症を患う前にできること
最後に、不動産の所有者が認知症になってしまう前にできる対策として、任意後見制度と家族信託の概略ついて触れておきます。
(1) 任意後見制度
先述した通り、任意後見制度は、将来判断能力が不十分になったときに備えるための制度です。
依頼する本人が、任意後見人となる方と任意後見人にしてもらいたいことを決め「公正証書」で契約をします。
誰を任意後見人とするかは本人が自由に選べますが、「後見人の要件」で挙げた人や「本人に対して訴訟をし、又はした者及びその配偶者並びに直系血族」「不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者」は任意後見人にはなれません(任意後見契約に関する法律4条1項3号)。
公証人は任意後見契約がなされたことを登記します。
その後、本人が認知症を発症したなどで判断能力が低下してきたら、本人や配偶者などによる「任意後見監督人の選任申立て」によって家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、任意後見監督人が任意後見人の仕事をチェックできるようになると任意後見契約が効力を生じ、後見が開始されます。
(2) 家族信託
家族信託とは、信託契約書で設定した特定の目的に従って委託者が受託者に自分の資産管理や処分を任せ、受益者が信託から発生する利益を受ける制度です。もちろん、委託者と受託者を同一人物にすることも可能です。
委託者の不動産などは登記簿上受託者の所有となり、受託者は善管注意義務などを負って委託者の財産を管理・処分します。
信託契約書で不動産を処分する権限を受託者に与えておけば、受託者が目的に従って不動産を売却することができます。
認知症を発症する前に、不動産の所有者が委託者となり、自分の子供などを受託者として上記のような家族信託契約を結んでおけば、不動産の売り主が認知症になったとしても子供が不動産を売却することができるのです。
6.まとめ
認知症といっても症状や程度は様々です。不動産を処分する可能性があり、もし主治医が「今のところ、判断能力に問題はない」としているのであれば、今のうちに家族信託や任意後見などの対策をとるべきです。
また、認知症が進み判断能力が不十分になってきたのであれば、成年後見制度の利用を検討してください。
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