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入居者トラブルに関するよくある質問

Q

アパートの一室を賃貸しているのですが、入居者から、プライバシーを理由に不在時の立ち入りを拒否されても、水漏れの定期点検のために入室することは可能ですか。

A
定期点検ではまず不可能でしょう。
入室して水漏れを点検することが必須であり、点検の依頼に際して入居者に十分な配慮をするなどの条件が整っていれば、賃貸借契約を解除できる可能性はあります。
しかし、実際に大規模な水漏れが生じているといった全く異なるケースでなく、定期点検であれば、入居者の同意なくその不在時に居室に立ち入ることは、プライバシー権などを侵害する違法な行為となってしまいます。


●権利があっても違法になる
権利をもつ者でも、権利者自身の判断と行動で権利を実現する「自力救済」は禁止され、もしすれば違法となることが大原則です(「自力救済の禁止原則」)。
権利を実現するには、裁判所を利用しなければなりません。裁判所が、権利の有無を判断し、適法な手続に基づいて権利の実現をしてこそ、法的秩序が守られます。

たしかに、刑法における「正当防衛」のように、ときには自力で自らの権利を守らざるを得ない場面はありえるでしょう。
しかし、民法などに関する自力救済禁止の原則の例外は、現実にはありえないほど限られています。
具体的には、
・適法な権利を持っていること
・目的が権利を回復または保全するためだったこと
・法律に定める手続きによったのでは、権利の回復または保全が不可能または著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情があること
・必要最小限度の相当な手段によること
上記すべての条件を満たさなければいけません(最高裁判所 昭和40年12月7日 判決)。


●定期点検は自力救済禁止原則の例外にはならない
入居者が拒否しているにもかかわらず、水漏れの定期点検のために入居者不在時の居室に立ち入ることが、自力救済禁止の例外として適法とされる可能性はほとんどありません。
通常は「緊急やむを得ない特別の事情」が無く、必要最小限の手段とも言えないからです。


・点検のために立ち入る権利はある
賃貸人は、入居者に対して水漏れの定期点検のため賃貸物件の居室に立ち入ることを求める権利を持ってはいます。
建物を使用収益できる状態に保全する権利があるからです。

賃貸物件や備品が破損したときは、原則として賃貸人が修理する義務を負います(「修繕義務(民法606条1項)」)。一方、賃借人も、賃貸人が賃貸物件の保存に必要な行為(いわゆる「保存行為」)を拒否できないとされています(「認容義務」(民法606条2項」)。
上記の賃貸人の修繕義務・賃借人の認容義務を裏返してまとめれば、賃貸人には、賃貸物件を貸し出して賃料収入を得られる状態に維持する権利があると言えるわけです(東京地方裁判所 平成24年9月27日判決)。

賃貸物件における水漏れ・ガス漏れ・防災設備などの定期点検は、実際に破損が生じていると明らかになっていない段階で行われますから、修繕義務に基づく措置とは言えません。
しかし、水道などのインフラ設備は、定期的な検査・メンテナンスが不可欠です。
水漏れの定期点検は建物の保全のために必要不可欠であり、賃貸物件の保存に必要な行為といえます。

ですので、賃貸人は水漏れの定期点検のため、必要であれば立ち入り検査を賃借人に要求できますし、賃借人は立ち入り検査を受け入れ、一時的に建物を明け渡す義務を負います。

なお、認容義務はあくまで保存行為にのみ生じます。建物を使用収益できる状態に保全させるために必要な措置でなければ保存行為とは言えません。「ちょっと気になるので」といった程度では、そもそも賃借人に認容義務はなく、法的には立ち入り検査を求められないことにご注意ください。


・意思に反する立ち入り定期検査は緊急でも相当でもない
賃借人に対して水漏れ点検のための立ち入りを求める権利を適法に持っているとしても、定期的な「点検」には自力救済を認めるほどの緊急性は認められないでしょう。
今まさしく大規模な水漏れが発生していて、すぐに水漏れを止めて建物の腐食を防がなければならない事態とは状況が異なります。

入居者がプライバシーを理由に拒否しているのに、定期的な点検のためにその不在時に立ち入ることは、必要最小限度の相当な手段による保全措置ともいえません。
プライバシー権は個人の人格に関わる重要な権利だからです。

たとえば、賃借人が無断で転居したものの、荷物は置いたままになっており水道やガス、電気も利用できる状態が維持されていた居室に無断で立ち入ったという事例がありました。
この事例では賃借人は賃料を滞納し室内も荒れて荷物も乱雑に放置されていましたが、裁判所は「賃借人としては(中略)一定のプライバシーを保有する状態で使用収益をしていたものと解すべきである。」と述べています(大阪高等裁判所 昭和62年10月22日 判決)。


●定期点検拒否で契約解除するにも条件がある
水漏れの定期点検のための立ち入り拒否を理由に、賃貸借契約を解除して建物明渡しを求められる可能性はあります。
ただし、事前に連絡して丁寧に日程調整を重ねたかなど具体的な事情次第となるでしょう。

・賃貸借の目的が達成できないか
定期的な水漏れ点検が出来なければ、賃貸物件の水回りのメンテナンスができず、水道設備に大きな破損が生じるおそれがあります。
そのため、建築年数や設備更新の状況、設備内容などの具体的事情次第では、「建物を賃借人に貸して使用収益させる」という賃貸借契約をした目的を達成できない場合に当たるとして賃貸借契約の解除原因になる可能性があるでしょう(参考 横浜地方裁判所 昭和33年11月27日 判決)。

・解除できるケース
立ち入り点検を拒否されたら必ず解除できるとは限りません。
賃借人の賃借権やプライバシー権とのバランスが必要です。
参考としては、自力救済が例外的に認められる条件や、破損時の修繕義務・認容義務が生じたか判断するための考慮要素などがあります。
具体的には、賃貸借契約を解除できるか判断するための目安は、以下の2つが主となるでしょう。

1 建物保全のために点検する必要性が高いこと
前提として賃借人に認容義務が生じている必要がありますので、水漏れ点検が賃貸物件の「保存に必要な行為」、つまり賃貸物件を使用収益できるよう保全するため必須と認められなければいけません。
もともと、認容義務は「保全に関わる破損」、水道でいえば「大規模な水漏れが起きている状況」などで生じるものです。
破損が実際に生じているわけではない定期点検では、たとえば、
ア 一定期間以上(たとえば1年に1回など)の長い間隔
イ 配管を見て触って確認するといった居室内に立ち入る必要性
など、裁判所が定期点検は必須だったと認めるような具体的な事情を積み上げてください。

入居者を説得するに際しても、水漏れ定期点検の内容や建物保全のための必要性を記載した文書を送付して丁寧に説明し、当該文書を裁判となった際の証拠とできるよう保存しておきましょう。

2 定期点検を要求した際に賃借人のプライバシー権を尊重していたこと
実際に立ち入る前の段階でも、手段の相当性は問題となります。
具体的には、立ち合いのための日程調整など事前連絡をしっかりと行っていたかどうかがポイントになります。

たとえば、入居者に無断で貸室に入室してクーラーの修理をしたことにつき、立ち入る前に連絡ができたのに連絡しなかったことを理由の一つとして、プライバシー侵害を認めた事例があります(大阪地方裁判所平成19年3月30日判決)。
このように、訴訟では事件の「経緯」が重要な判断要素となることが多いのです。

上述した定期点検の内容や必要性を説明することはもちろん、たとえば、
・入居者本人が立ち会う
・事前に見られたくないものを運び出す期間を空ける
など、プライバシー権が害される程度を抑えられる日程にできないかを粘り強く交渉し、それでも入居者は拒否した、というように、
この水漏れ定期点検のための立ち入り拒否に至るまでの「経緯」は、裁判所が賃貸借契約の解除を認めるうえでポイントとなるでしょう。
[質問 51]
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