賃借人が盗難被害に遭った場合、オーナーは賠償責任を負う?
賃借人の居室が盗難被害に遭い、防犯設備の不備などを理由として賃貸人(オーナー)が責任を追及された場合、どのように対処すればよいのでしょうか。
盗難被害は賃借人の自己責任とも思われますが、賃貸人が責任を負う場合もあり得るので、弁護士に相談しながら慎重に対応することをお勧めいたします。
この記事では、賃借人の盗難被害につき、賃貸人が法的責任を負う必要があるのかどうかについて解説します。
1.賃貸人は原則盗難被害の責任を負わない
賃貸物件において盗難被害を受けた賃借人は、賃貸人に対して損害を補償するよう請求してくるケースがあります。
しかし、後述する東京地裁の裁判例でも判示されているように、賃貸人が賃借人の財産を盗難などから保護する管理義務は、賃貸借契約から当然に導かれるものではありません。
したがって、賃貸人に対して盗難被害を補償するよう求める賃借人の主張には、法的根拠がないケースが多いです。
仮に賃貸物件の防犯設備に問題があったとしても、賃貸人が盗難を防止する管理義務を負わない場合は、賃借人に対する損害賠償義務は発生しません。
ただし、次の項目で紹介する例のように、例外的に賃貸人が盗難被害の補償義務を負うケースもあり得るので、具体的な事情の下で法的検討を行うことが大切です。
2.賃貸人が盗難被害の責任を負う可能性がある例
一般的には、賃貸物件において賃借人に生じた盗難被害について、賃貸人が補償義務を負うことはありません。
しかし、契約内容や契約締結時のやり取りなどに照らして、特段の事情がある場合には、例外的に賃貸人が盗難被害の補償義務を負うこともあり得ます。
具体的には、以下のいずれかに該当する場合には、賃貸人が盗難被害の補償義務を負う可能性があるので注意しましょう。
(1) 賃貸人が盗難被害の責任を負う旨の特約がある
盗難被害によって賃借人の財産が失われた場合に、賃貸人がその損害を補償する旨の特約がある場合、その特約は有効です。
したがって、このような特約がある場合には、賃貸人が盗難被害の補償責任を負う可能性があります。
なお、賃貸人がどの範囲で盗難被害の補償責任を負うかについては、契約内容によって定まります。
賃借人の過失の程度によって賃貸人の責任負担の有無が決定される場合が多く、大まかに想定されるパターンは以下のとおりです。
- ①賃借人の過失の有無を問わず、一切の盗難被害による損害を賃貸人が補償する
- ②賃借人に重過失がない限り、盗難被害による損害を賃貸人が補償する
- ③賃借人に過失がない限り、盗難被害による損害を賃貸人が補償する
①がもっとも賃貸人の義務が重く、逆に③がもっとも賃貸人の義務が軽くなっています。
賃貸借契約において、賃貸人が盗難被害の責任を負う旨の特約がある場合には、上記のような責任負担の要件をよく確認しましょう。
(2) 防犯設備の充実を宣伝し入居者を勧誘した
防犯設備の充実を強調して入居の勧誘を行った場合、「充実した防犯設備を整えること」が賃貸人の義務に含まれると解釈される可能性があります。
その場合、防犯設備の不備に起因して盗難被害が発生したのであれば、賃貸人が賃借人に対して一定の責任を負わなければならないので注意が必要です。
(3) 防犯設備の充実を理由に賃料が高く設定されている
単に防犯設備の充実を強調して入居勧誘を行うだけにとどまらず、防犯設備を充実させることの見返りに賃料を高く設定している場合、賃貸人の防犯設備を整備する義務が認定される可能性が高まります。
このように、賃貸人が賃借人のために防犯設備を整備する義務を負うかどうかは、契約内容や契約締結時のやり取りなどによって左右されることを理解しておきましょう。
(4) 前賃借人の退去時に鍵を交換しなかった
前賃借人が退去した際に、居室の鍵を交換せずそのままにしていた場合、前賃借人が合鍵を用いて居室に侵入し、窃盗などを働く可能性があります。
こうした事態を回避するため、賃借人が入れ替わる際には鍵を交換するのが一般的です。
賃貸人は、賃借人に対する信義則(民法1条2項)上の義務の一環として、賃貸人の責任で入居前の鍵交換を行う必要があると認定される可能性があります(特約により鍵交換の費用を賃借人側に負担させることは、問題ありません)。
そのため、前賃借人が退去する際に鍵を交換せず、その結果として前賃借人が合鍵を用いて窃盗を行った場合、賃貸人の賃借人に対する損害賠償責任が認定されるおそれがあるので気を付けましょう。
(5) 同種の盗難事件が繰り返し発生している
何度も同じような手口で盗難事件が繰り返されている場合には、賃貸人には賃借人に対して、同様の手口による犯罪を防止するため、何らかの対応をとる信義則上の義務を負うものと考えられます(民法1条2項)。
入居者からたびたび窃盗などの報告がある場合には、真摯に再発防止策を検討してください。
3.盗難被害の賃貸人の責任が問題となった裁判例
賃借人が賃貸人に対して、管理義務違反を理由に、盗難被害に関する損害賠償を請求した事案として、東京地裁平成14年8月26日判決があります。
賃貸物件での盗難被害に関する賃貸人の責任について、現時点の実務を理解する重要な裁判例ですので、その概要を紹介します。
<東京地裁平成14年8月26日判決の概要>
賃借人は、宝石や貴金属の加工・販売等を営む事業者で、賃貸借室をオーナーから事務所として賃借していました。
賃貸物件の月額賃料は約32万円、管理費はゼロでした。ある日賃借人は、深夜に盗難被害を受け、賃貸借室に保管していた宝石類や現金などの計109万円余りを盗まれてしまいました。
賃借人は、盗難はピッキングにより行われたこと、および同種のピッキングによる盗難被害が多発していることをオーナーは認識しており、被害防止策を講ずる義務があったのにそれを怠ったことなどを主張し、オーナーに対して損害賠償を要求しました。
裁判所は、賃貸物件における盗難防止措置を講ずる義務は、賃貸借契約から当然に導かれるものではなく、特約や信義則上の付随義務として認められる余地があるにとどまると判示しました。
本件では、賃貸借契約中に、盗難防止措置に関する特約は存在しませんでした。
また裁判所は、そもそも本件における盗難が、ピッキングにより行われたかどうかは認定し難いと判示しました。
そして、オーナーはこれまで起こった盗難がピッキングによるものとは知らず、警察から指導や連絡を受けたこともなかったという事情も併せて考慮し、賃貸人は盗難防止措置を講ずる義務を負わないと結論付け、原告(賃借人)の請求は理由がないとして棄却されました。
本裁判例では、賃貸借契約に賃貸人の管理義務が規定されていないとしても、盗難に関するさまざまな具体的事情を考慮したうえで、賃貸人に信義則上の管理義務違反が生じ得る点についても判示したことに特徴があります。
本裁判例では賃貸人の管理義務違反は否定されましたが、具体的な事情が変われば結論も変わり得るので注意が必要です。
賃貸人としては、原則的には盗難を防止するための措置を積極的に講じる必要はないものの、実際に盗難事件等が発生した際には、原因究明や再発防止の措置などを含めて、できる限り誠実に対応すべきといえるでしょう。
4.賃貸物件の入居者とのトラブルは弁護士に相談を
賃貸物件の入居者とトラブルになってしまった際には、入居者の主張が合理的かどうかを精査し、仮に裁判などに発展した場合を見据えて対応することが大切です。
賃貸借契約書や管理規約などの規定に沿った検討を行うことはもちろん、賃貸借契約締結当時のやり取りなどについても、重要な意味を持つ場合があります。
そのため、賃貸借に関する周辺事情を含めて、漏れなく精査を行ったうえで対応しましょう。
弁護士にご相談いただければ、専門的な視点から賃貸借契約のチェックや法的検討を行い、合理的な紛争解決を目指します。
また、オーナーが入居者トラブルから被る損失を最小限に抑えるとともに、時間的・精神的負担を大きく軽減することも可能です。
入居者とのトラブルにお悩みのオーナーの方は、ぜひ一度弁護士までご相談ください。